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clockwork-sceneブログ「キロック」

clockwork-sceneの心象風景、その記録。

先日、ジャケット撮影のロケハンに行ってきました。

 

3か所中2か所がいろんな理由で行けなかったのですが、

代わりに行った場所で素敵な偶然があり、

新しいアイデアが生まれそれがジャケットの一部に採用されそうです。

 

予定通りいかないにいかない。

でもその中に新しい発見や遭遇があり、

それが想像の扉を通って、オリジナルを作っていく。

 

世界はそうやって出来ていて、

その世界に触れることで、また次のアイデアが。

 

 

着々と完成に向かってます。

お楽しみに。

 

 

 

noa

空想立花からもうすぐ9年。 


二子玉川は今の自分には距離的にも精神的にもだいぶ遠い駅になってしまった。幼い頃から知っている場所だけに、今の高いビルが建ち並ぶ風景も、当時の東急ハンズとバス乗り場の風景も、どちらも自分の頭の中に現実とも非現実とも言えないような映像で記憶されている。 


歳を重ねれば重ねるほど、物の距離感は正確で且つつまらないものになってしまう。小さい頃に見た景色に感じた巨大さを、いざ大人になってから確かめると、あまりにも普通で、自分は何をそんなに恐れおののいていたのだろうと訝しい気持ちになる。 


水場が近く堤防があったり、花火大会があったりと、幻想的な気分にさせる要素が詰まった場所とも感じる一方で、高くそびえ立つビルがある今は、巨大さを無理に現実として突き出されたように圧倒されてもいる。


空想立花を作った当時はまだ、川の反対側の川崎市で一人暮らしをしていて、気が向いたときに二子橋を歩いて駅に向かった。川を挟んで現実の住処から空想の街へと歩みを進めること自体が特別な経験に感じていた。 


今、その頃を思い出しても、自分にとっての空想の世界が身近にあり、境界を越えてまた戻って来る、という営みができる環境があることは幸福だったと思う。 


地図を見て正確な方角を知ってから出かけたり、あらかじめ乗換案内でバスと電車の発車時間を把握して安心したり、その繰り返しで空想の余白はほんの少しずつ削れていきながら、当たり前のつまらないものとして現前する準備がされていく。 


残った僅かな余白にすがってでも、そこに創作の糸口があるのだと意地を張り、2つの世界の往復を止めないでいたい。 


 きーぼーど まっけん




明るいときよりも、曇っているときのほうが落ち着く感じがするのは、全体的に影の色がうすくなるからかもしれないなとおもいました。


べえす かえ

たのしい1日を満喫し、最後はライブバーの開いた窓から偶然超絶かっこいいベースがもれ聴こえてきて、始まったばかりの夏のまだ涼し気な夜風の中の散歩がもっと特別な思い出になりました。
そしてこれからベースもっと練習しようと心の中でそっと誓いました。


べえす かえ

先ほどまでリハでした。

 

本日をもって、アルバム最後の曲のアレンジミックスが完成しました!

 

その後、メンバー全員で全曲を並べて聴きながら、曲順と曲間を吟味して曲順も決まりましたー。

 

サブスクの時代に、曲順について吟味するのは有意義なの?って思うかもしれませんが、

作り手のなんとやらと思われても、

やっぱりアルバムとしての形を追い求めたく、

そしてその工程の中の大事な一つが曲順だと思うのです。

 

なので、手に取っていただいた方は、

是非一度でいいのでアルバムを最初から最後まで飛ばすことなく聴いて下さい。

 

家でゆっくり聴くのがあんまりという方は、

1時間のドライブとともに。

 

車に乗らない方は、

池袋から桜木町までの電車移動とともに。

 

 

音楽は景色と感情と混ぜるととてもカラフルになりますので。

自分勝手なお願いで恐縮ですが、もし宜しければ。

 

 

 

noa