骨折の記録その13沖縄旅行からの帰宅編
帰りの那覇発飛行機が大幅な遅延で、羽田に到着した。
骨折した足での移動に負担が少ないであろう、予約していたリムジンバスは間に合わず。
電車を乗り継ぎ帰ることに。
車椅子とスーツケース、おまけに平日の夜遅い時間。仕事の帰宅時間の混雑が心配だった。
とはいえ、不慣れな車椅子で電車に乗るのだからなるべく乗り換えが少ない路線を夫が選んでくれた。
到着後、すぐに切符を購入し電車に向かうも、改札入ったところで電車も遅延しているアナウンスが流ている。
こちらは人身事故の影響だそうで、駅員さんに今から乗れますか?と聞いてみると、ギュウギュウの満員で車椅子やスーツケースでは乗れる状態ではない、と教えてくれた。
駅員さんのはからいで、改札を逆走させて貰い、別の電車へ向かう。
いくつか乗り換えしながら、やっと地元の駅に到着したのはもう日付が変わっていた。
駅からはタクシーで帰る予定だったが、時間が遅いがためにタクシープールに1台もいない。タクシーがつかまらない。
そこでまた30分くらい、タクシーを探してようやくタクシーGOで配車され、帰宅することができた。
ところでなんで飛行機が大幅に遅れたのかは謎のままだった。
沖縄旅行は楽しかったが、思い返すと「強行」という表現で間違いなかった。
骨折の記録その12沖縄編
ここから、しばらくは帰宅までの乗り継ぎに時間の余裕がない。
つまり、車椅子でトイレに行く時間の余裕がないのだ。
もちろん松葉杖でも同じ事。
機内のトイレは片足では、恐らくできないだろう。正直、フライト中の機内トイレは衛生的にあまり使いたくない。
搭乗前にしっかりトイレを済ませてから、長丁場に挑む予定だった。
と、トイレに行こうとするも車椅子で入れるトイレは2つ。
両方とも並んでいる。
近いトイレに列ぶも、空く気配がない。
仕方なく、少し遠いトイレに列びなおすも、こちらも使用できるまで15分以上かかった。
自分で普段通り歩けたら5分あれば間に合う。
車椅子で多目的トイレに並ぶだけで20分程時間を費やす。
そのうち、空港の案内の方が探しに来た。あと5分で戻ってきてください、と。
言い方は優しいが、要はもう搭乗する時間ですよと催促。
時間が迫っているのはわかってはいるのだけど、なぜか開かない多目的トイレ・・・
やっと用を済ませ、息子に介助して貰い急いで搭乗口に戻ると、すぐに案内された。
ところが、搭乗してもなかなか出発しない。ほかの乗客も乗り終えている様子。
30、40分ほど経っただろうか。
離陸後に、大幅な遅延が発生しているため到着が遅れるとアナウンスがあった。
いろいろな心配事が出てきた。
・このあと乗り継ぎに時間がないからトイレ休憩できない。
・トイレ休憩できないから、トイレに行きたくならないよう飲み物を控えている(昼からほとんど飲んでいない)
・羽田空港到着後、自宅最寄りまで帰るためにリムジンバスの最終便を予約していた
・リムジンバス最終便に間に合わないと電車で帰ることになるが終電に間に合うのか
飲み物を飲まずに帰る選択は、後で誤りだったと認識することになる。
結局、リムジンバス最終便は到底間に合わなくなり、キャンセルした。
さて、電車を乗り継いで帰ることになるのだが、これまた大変だった。
骨折の記録その11沖縄編
足を骨折し車椅子を利用しなければ、沖縄旅行はもっとアクティブな観光をする予定だった。
シュノーケリングをメインとして、夫にはお酒を楽しんでもらったりして運転を変わりながら沖縄を満喫する予定だった。
今回の沖縄旅行はそれが叶わない。叶わないながらも、アクティブプランでは行かなかったであろうヒメユリの塔や平和祈念公園なども周り、沖縄を堪能した。
古民家で営業している沖縄そばのお店も行った。
さすがにバリアフリーではないし、敷石など古い設備を傷つけないよう気を付けてお座敷に上がらせてもらった。雰囲気も良くとても美味しかった。
約1週間の沖縄旅行を満喫し、いよいよ羽田空港へ向かう日が来た。
空港に到着し荷物を降ろす。
夫ひとりに、レンタカーの返却は任せて息子二人と空港ロビーで待つ。
ほどなくして夫が戻り、那覇空港で食事してから帰ることに。
夫と次男はステーキ屋さんへ、私と長男はA&W へ。
どちらもしっかり行列していた。
食事を終え、搭乗手続きに。