「慣性の法則」とは何だろう FINAL | トンデモ奮戦記 ~オカンとボクと、ときどきマルチ~

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前回は,「慣性の法則が成り立たない視点で見たときの補正」であるところの慣性力について解説した.

ところで,この慣性力を使えば,part1で紹介しただるま落としの原理がきちんと説明できる.
ここでもう一度詳しく書くことはしないが,あの説明の問題点というのは要するに「うまく叩くとなぜ摩擦力が働かなくなるのか」を説明していないことであった.
これは別に慣性力を使わなくても説明できる(注1)のだが,使ったほうが圧倒的に分かりやすくなると思われる例の一つである.

まず,今からの説明を理解するのに必要な前提知識として,静摩擦力と動摩擦力というのがある.
例えば,床の上に置いてある重い箪笥を想像してみて欲しい.
その箪笥を押して動かそうというとき,当然ある程度の力を込めないと動かないだろう.
力が弱すぎると,びくともしない.それは,箪笥と床の間に「静摩擦力」が働くせいだ.

この「静摩擦力」というのは,我々が箪笥を押す力に応じて箪笥を押し返そうとしてくる摩擦力だ.
だから弱い力で箪笥を押しても,この静摩擦力に対抗されてしまい箪笥を動かすことができない.
しかし,静摩擦力には限界値が存在する.その限界は,箪笥の底や床の表面のでこぼこであったり,箪笥の重さによって決まる.
その限界を超える力で箪笥を押してやれば,我々の力が静摩擦力に打ち勝ち,箪笥を動かすことができる.

こうして箪笥を押して動かし始めても,床との摩擦は消えないだろう.
しかし経験的に,こういうのは「一度動かし始めれば楽」な気がしないだろうか?
その我々の経験は,物理の概念を使ってきちんと説明できる.
実は,箪笥を押して動かしている途中で床から受ける摩擦力は「動摩擦力」といって,先ほど述べた「静摩擦力の限界値」よりも小さいのである.

つまり,箪笥を動かし始めるのにはある決まった大きさ以上の力が必要だが,一度動き始めてしまえばそれより小さい力で動かし続けることができるのである.
これが,だるま落としにも大きく関係している.

だるま落としを分析するのにはまず,現象を見る視点を「叩かれるブロック」に固定しよう.
つまり,叩かれたブロックが常に画面の中央に写るようにカメラで追いかけ続けるというような状況を想像する.
このとき,叩かれたブロックは叩かれた方向へ力を受けて加速される.よってそのブロックから見ると,その上のブロック達は叩いた方向と逆方向へ慣性力を受けることになる.

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この説明で分かりづらい人は,自分が巨大なだるま落としのブロックの上に立っていて,そのブロックがハンマーで叩かれるという状況を考えるといいかもしれない.
そうすると当然,あなたは「おっとっと」とバランスを崩すだろう.その「バランスを崩させる力」こそが上の図における慣性力である.

ブロックをハンマーで思いっきり叩いたときほど,ブロックが弾き出される際の加速度が大きくなる.
前回書いたように,慣性力の大きさは視点の加速度に比例する.つまり強く叩いて加速度が大きいほど,慣性力は大きい.
そしてこの慣性力の大きさが,だるま落としの「成功」と「失敗」を分けることになる.

先ほどの「静摩擦力」を話を思い出そう.先ほどの床と箪笥の関係は,ちょうどこの場合の「叩かれたブロック」と「その上のブロック」の関係と同じである.
「上のブロック」に働く慣性力が小さく,二つのブロック間に働く「静摩擦力の限界値」より小さい場合,上のブロックは叩かれたブロックの真上の位置から相対的にずれることはない.
つまり,上のブロックはずっと叩かれたブロックに乗ったまま付いていく.こうなると,だるま落としという遊びとしては「失敗」である.

また,上のブロックに働く慣性力が十分に大きく「静摩擦力の限界値」を超えたときには,上のブロックが「叩かれたブロック」に対してずれ始める.
こうなると,先ほど述べたとおりブロック間に働く摩擦力は「静摩擦力の限界値」より小さくなる.
つまり「失敗」した場合と比べて,2つのブロックの間に働く摩擦が「ほとんどない」ように見なせるのである.

これが,だるま落としの説明に慣性の法則を使っていい理由である.
本来は僅かに動摩擦力が働いているのだが,それは無視していいほど小さい.だから慣性の法則が適用できるのだ.
こうして見ると,だるま落としの原理を説明するのは何と面倒なことか.
決して「慣性の法則によって,上のブロックがその場に留まろうとするから」なんて一言では片付けられない.


ここで,part2で述べた「内在的な力」との関連を少し考察しよう.
ニュートンが想定していた「内在的な力」(または「慣性力」(注2))を使ってこのだるま落としを説明しようと思ったら,恐らく次のようになるだろう.

『叩かれたブロックとその上のブロックの間には摩擦力が働くが,同時に上のブロックにはその場に留まろうとする内在的な力が存在する.その内在的な力が「静摩擦力の限界値」を超えれば,上のブロックに働くのは「静摩擦力」ではなく「動摩擦力」となり,それは実質的に大した大きさでないから上のブロックはほぼ真下に落ちる』

これを先ほどの,(現代的な意味での)慣性力を使った説明と見比べてみよう.似ている……というか,ほとんど同じに見えないだろうか.
違うのは,慣性力と言っていたところが「内在的な力」に置き換わっていることだけである.
こうして見ると,ニュートンが「内在的な力」の存在を想定していたのは,慣性力についての考察もあってのことだったのではないかという気がする.
(勿論,実際には「内在的な力」など存在しないが.)


あと,慣性力といえば時々耳にする「遠心力」や「コリオリ力」(こっちは少しマイナーか?)といったものもその一種なのだが,その話は今回扱わなかった.
また機会があったらそれらについての記事も書かせて頂くかもしれない.


※もし記述の中におかしな点がありましたらご指摘頂けると助かります.また,ご意見やご感想も募集しております.気軽にコメントで書き込んでください.


(注1)というか慣性力を使った説明は「視点を変換」して物事を分かりやすくしているだけだから,全ての現象は慣性力を使わずに説明できる.
(注2)紛らわしいから,以下「内在的な力」という意味の「慣性力」は鉤括弧付き,現代的な意味の方は何もなしで書く.