「慣性の法則」とは何だろう part3 | トンデモ奮戦記 ~オカンとボクと、ときどきマルチ~

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理系大学生が、ニセ科学に踊らされる両親を説得するべく奮闘するブログ
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さて,これだけの長文を書くのに費やした時間と労力を試験勉強に回したならどれだけの成果をもたらしたか計り知れないが,そんな空想を語っていても仕方がない.

~読者の人たちへ~
前々回からノリで僕の僕の好きな物理の話をグダグダと書いていますが,こういう話に必ずしも全ての読者が付いて行けないことは承知しています.
こういうのは完全に筆者の趣味であり,ニセ科学批判の話とも関係がありません(最初の方ではちょっと関連させましたが).
ただ単に,「もし読者の中にこういう話に興味のある人がいたら,友達になりたいな~」と思っているだけなので,興味のない人はシカトしておいてください(^^;
あと僕が書いたことに関して何か「そこはおかしいんじゃないか?」と思う点があったらご指摘下さい.意見や質問なども受け付けております.


というわけで,今度は前回ちょろっと触れた「慣性力」の話に入ろう.一応言っておくと,前回の話でニュートンが「内在的な力」として想定していた「慣性力」とは別物である.

前回,慣性の法則はどんな視点で見ても成り立つわけではないという話をした.例えば,急停車する電車の中では慣性の法則は成り立たない.
電車の中から見れば,床の上に置いておいたボールが何もしないのに,急停車した瞬間転がり始めるなんてことが起こるのだから.
しかし,実はそこで慣性の法則を無理矢理成り立たせるトリックが存在する.

ごく単純な発想だ.「力が働いていないのに」,ボールが転がり始めると考えるから破綻するのである.
ならば,「何かしらの力が働いた」とすればいい.電車が急停車したせいで「謎の力」が働いたのだと.

一見滅茶苦茶な解決法である.「謎の力が働く」などと言うあたり,何だかオカルトっぽい考え方だ.
しかしよく考えると,これは直感とよく合っている.
part1から例として使っている電車の「おっとっと」現象にしても,もし電車の中の視点で「謎の力」が働いたせいだと説明することが許されるなら,わざわざ電車の外側の視点になって慣性の法則を適用するよりよほどすっきりする.
また,ジェットコースターなどの絶叫マシンに乗っているとき,体がシートに押し付けられる感じがするのを誰もが体験したことがあるだろう.所謂「G」を感じる,というやつである.
あれも,何だかあたかも「謎の力」が体をシートに押し付けているように思えないだろうか.

こういう「謎の力」を考えることは,実は理論的に正しい.これこそが物理学で「慣性力」と呼ばれているものなのだ.
これが正当化される理由は,そう考えると全てがうまくいくからである.
先ほどの電車や絶叫マシンなど,これまで紹介した運動の法則(i)や(ii)が成り立たない視点で見た場合でも,慣性力を考えに入れれば全く問題なくなる.
つまり,理論的には単なる「補正」に過ぎないのだ.にも関わらず,それを実際に感じることがあるというのが物理の面白いところである.

さて,その「全てがうまくいく」というのをこれから証明してみよう.「証明とかどーでもいいじゃん」という人生観の人はここから「~証明終わり~」と書いてあるところまでスキップ!


~証明~

part2で書いたとおり,理屈から言えば(i)は(ii)の特別な場合に過ぎないのだから,運動の第二法則(ii)がうまいこと成り立つようになることさえ証明すればいい.
まず,改めて(ii)とはどんなものだったかと言うと,

(ii)物体が力を受けると,その力の働く方向に加速度が生じる.加速度は力の大きさに比例し,質量に反比例する.

である.加速度の説明はpart2を復習してもらうことにして,ここで重要なのは

加速度⇔力

という対応関係である.これは単に「力が働くと加速する」という漠然としたことを言ってるだけの法則ではない.
例えば,「もしこれだけの力が働いたら,これだけ加速するはずだ」と数値まで含めて予言したり,逆に「これだけ加速しているからには,これだけの力が働いているんだな」と状況を把握したりするのに使えるツールである.
この関係をしっかり念頭に置いて考えると,「謎の力」こと慣性力の正体が理解できる.

例えば今下の図のように,電車が進行方向に加速しながら走っているとしよう(注1).そして,その加速度を緑の矢印で表す.
このとき,この電車の乗客の視点は「慣性系(part2参照)」ではない.つまり,慣性の法則(i)や(ii)が成り立たない.
それはこれから言うように,乗客から見た物体の加速度と,外の地面に立っている人から見た加速度が違うからである.
地面に対して静止しているものがあるとき,乗客から見ると何もしてないのに物体が独りでに速度を変えながら動いているように見える.

このとき,電車の中の人から見てボールが赤の矢印の加速度で動いていたとする.
(今ボールは何らかの力を受けて運動していると仮定している.力の正体は何でもいい.誰かが手で押しているのかもしれないし,磁石の力かもしれない.)

$トンデモ奮戦記 ~オカンとボクと、ときどきマルチ~-inertia

すると,地面の上から見たボールの加速度はどうなるだろう? 電車の中の人から見ると赤の矢印だが,その人自身はさらに緑で動いているのである.
結果として外から見ると,赤が緑の上に乗っかる形になる.つまり,地面の上から見た加速度(青い矢印)は,内側から見た加速度(赤)と電車自体の加速度(緑)を足したものになる.

$トンデモ奮戦記 ~オカンとボクと、ときどきマルチ~-inertia2


ここで,電車の中の人が(ii)の法則を使って,ボールにどれくらいの力が働いているか知りたいとする.しかし,そう簡単には行かない.何故なら,中の人から見たボールの加速度は,外から見たものと違う.
そして,(ii)の法則を当てはめていいのは外から見たボールの加速度を使って計算する場合である.中の人がすぐに知ることができる赤い矢印はそのまま使えず,まずは緑の分を考慮して青の矢印を出さなければいけないのである.

しかし,ここで慣性力を導入すれば,赤の矢印をそのまま使っても良くなる.どうするかと言うと,乗客の視点で見るときには,緑の矢印を打ち消すような逆向きの力が働いていると思い込むのである.
下の図のように,まず「ボールに最初から働いている力」(元々力が働いているということを忘れないように!)が「青い矢印の加速度」を引き起こす.
このとき,もし反対向きに別の力が加わったら,この青い矢印は短くなるはずである.そこで,「もしこれだけの力が加われば,加速度が緑の分だけ減って赤の矢印になる」という力が反対向きにかかっていることを想定する.

$トンデモ奮戦記 ~オカンとボクと、ときどきマルチ~

この「想定する」力すなわち慣性力は,(ii)を使ってきちんと計算できる.実際やってみると,

「物体の質量」×「見てる視点自体(この場合電車)の加速度(緑の矢印)」

となる.この力が電車の中の全ての物体に掛かっていると考えれば,乗客にとって完全に辻褄が合うわけである.

~証明終わり~

証明を見なかった人のために重要なポイントを再度列挙しておくと,
①慣性系(慣性の法則が成り立つ視点)じゃない視点で見るときは,全ての物体にそれぞれの慣性力がかかっていると考えれば矛盾しない
②慣性力の向きは,視点の加速度の向きと逆方向
③慣性力の大きさは,「物体の質量×視点の加速度」で計算できる
である.


こうして「証明」されても,「で?」と思われた人もいるかもしれない.結局,何だかただ無理やり辻褄を合わせただけみたいな話である.「電車の中の人が,計算するときにそう考えても問題ないよ」という単なる数学の話で,物理現象として「慣性力」なんてものが存在するようには到底思えない.

しかし,先ほど言ったように我々は実際にそれを「感じる」.なかなか不思議である.
我々の感覚は,自分が乗っている電車の加速度を計算上の補正である慣性力という形で捉えるのだ.つまり我々は知らないうちに,運動の第二法則(ii)を使って自分に働く力を計算していることになる.
こう思うと,人間の感覚ってすごいなあと思う.
例えばエレベーターに人を閉じ込め,そのエレベーターを吊り下げているワイヤーを切ったとする.鉄の箱が落ちている間,その人は無重力状態を体験することになるだろう(その人にかかる重力と,慣性力がちょうど釣り合う).そのすぐ後には大変なことになるだろうが,今は考えないことにする.
しかし,単純に高いところから飛び降りた人はどうだろう? 「わーい,慣性力と重力が釣り合って無重力状態だあ」なんて思わないはずだ.純粋に,重力に引かれて落ちるのを感じるだけである.
どちらも,ただ重力に引かれて落ちているだけだ.違いは鉄の箱に囲まれているかどうかである.しかし人間は,周りの状況を見て自分がどんな力を受けているかを判断する.だから慣性力を感じたり感じなかったりする.

さて,これからpart1で紹介しただるま落としの例とか,前回紹介したニュートンの「内在的な力」との関連について語りたかったのだが,それ以前に報告したいことがあるのでまた次回.

TO BE CONTINUED...

(注1)別に減速しているとしても,加速度の向きが逆になるだけで話の本質は変わらない.
(注2)というか慣性力を使った説明は「視点を変換」して物事を分かりやすくしているだけだから,全ての現象は慣性力を使わずに説明できる.