うす汚れたガラスの向こうに、下町の夕景が見えた。
高校を卒業して名古屋ではじめた下宿生活
トタン屋根の熱がもろに二階の室内を温め、
隣の部屋とはべニア一枚で遮られた音が筒抜けで、
ちょんの間を彷彿させるような部屋だった。
ギターを弾いていると、
2つ向こうにある部屋の先輩が部屋に乱入してきて
『おまえギターうまいなー』
『けど、うたがへたくそやから俺がうたってやる!』
と、初対面の登場で、
そう言われた時にはマジでびっくりした。
神戸から来ていた気さくな堂本先輩だった。
隣の部屋はカタブツでクソ真面目な弓道部2年の先輩
ある日、
そのカタブツ先輩がコンパで飲みすぎて
階段の下で泡をふいて倒れていた時は、
2階の部屋まで堂本先輩と引きずり持ち上げた。
裸電球の下
長い歴史を物語る汗や垢を吸い込んだ
傾斜が急な階段は、擦り減ってコーナーが丸くなっていたから
途中で止まるとズルズルと落ちて行ってしまう。
『人間って、こんなに重いんだ。』
てことを知った。
堂本先輩とは、卒業しても繋がっていたのだが
阪神・淡路大震災以降、あの陽気な声を聞くことは無くなった。
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1981年 春
インターネットも携帯電話も無い時代
なにしろお金がないから
何もすることが無い。
家から持ってきたサンヨーU4で
FMチャンネルを合わせる。
唯一の楽しみがラジオだった。
窓から差し込む夕日が妙に虚しい。
ある時、透き通る声で、
『とみたゆう子のマインドスケッチ♪♪』
と、
スピーカーを通して、何ともかわいい声が流れてきた。
フランクミルズの曲に合わせて始まる番組
引き込まれた。
吸い寄せられるような引力を感じた。
パーソナリティは、とみたゆう子ちゃんで、
ゲストとしていつも登場してきたのが
センチメンタル・シティ・ロマンス
のメンバーだった。
毎回流れる、ゆう子ちゃんの曲
『とどけ愛』に、魅了され、
名古屋で初めて手にしたアルバムがこれ、
『とみたゆう子 COLOURS』
である。

このアルバムがゆう子ちゃんのデビューアルバムで
名古屋市民会館で行われた
ファーストコンサートも行った。
今でも記憶にある。
ピアノ弾語りがメインのコンサートだった。
めちゃめちゃ良かった。
サポートが
センチメンタル・シティ・ロマンス だった。
なんと、
その、センチのメンバー
とくさんこと、中野督夫さんのライブが
2年ほど前、上越ばりあんと で開催され
光栄なことにオープニングアクトを務めさせて頂いたのだ。
とくさんとあの頃の話をたくさんした。
ゆう子ちゃんの話も、その後の彼女のことも話をした。
楽しい、懐かしい時間だった。。
なのに・・
とくさん、
ばりあんとライブの1か月後に
くも膜下出血で倒れ緊急手術。
現在も病院にて療養中でライブ活動は休止している。
なんともやり場のない気持ちになった。
数十年の時を経て、対面したスターだったのに
せっかくこうして会えたのに
中野督夫さんの復活を心から願うばかりです。
