遠い雪の記憶 | くればのブログ

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上越市を中心に活動する SingerSongWriter 中村賢一

寝る前にラジオから流れてきた
なつかしいメロディー
 
何十年もの時を飛び越えて
その曲を聴いていたときの情景がよみがえる。
 
 
☆☆☆

その日はクリスマスイブだった。
 
放課後の校舎
 
毎日ふき掃除をしている冷え切った床に
点灯させた直管の蛍光管の姿が
ゆがんで映っている。
 
まだ午後4時をまわったところだというのに
夕刻のような暗さである。
 
原因は
朝から降り続いている雪
 
窓から見えるグランドと
そこに存在する全ての色を無くすほどに
降り積もっている。
 
今日は大切な約束がある。
 
そして
 
その日が、おれにとって
一生の想い出となる日になった。
 
 
 
 
 
昨晩のことである。
 
明日、彼女と逢う約束があり
確認をするために
彼女の家に電話をした。
 
ダイヤルパルス方式の
いわゆる黒電話の時代
 
携帯電話なんて、存在していない時代
電話の向こうは誰が出るかわからない。
 
何度かけても緊張する。
 
最後のダイヤルを回す時、
そのドキドキは頂点に達する。
 
『プルプル ・・ 』
待機音を聞きながら
出た相手による対応方法や
色んなことを考えてしまう。
 
『もしもし・・』
と、出たのは
彼女のお母さんだった。
(やさしい声だ)
 
自分の名前を伝えた。
(声は震えていたに違いない)
 
おれの名前を確認して『あー』って感じで
電話の向こうは、やけに嬉しそうな声
『ごめんね、あの子、今、熱を出して寝ているの』
『たぶん、明日も学校を休まなきゃかな・・』
 
『あ・あの・・』
 
『あ。何か約束してた?』
 
おれが言い終わる前に、返してきてくれた。
(何て言ったらいいのか、言葉に詰まっていたからちょうどよかったのだが)
 
『えっ その・・』
 
『来ればいいじゃないの!』
 
『あ・・はい ・・ 』『明日学校終わってからお伺いします。』
 
真っ白になった頭でおれは、
たぶん
そう答えた。
たぶん・・
 
実は正直なところ、
何で、彼女の家まで行くことになったのか
よく覚えていないのだ。
 
 
 
彼女の通う高校は、
おれの高校から5駅離れたところにある。
 
彼女の自宅は、その学校の近くにあった。
今いるここから、順調に向かっても1時間以上はかかる。
しかも、
電車は1時間に1本しか運行していないのだ。
 

 
学校が終わって
上履きを脱ぎ、
長靴に履きかえながら見えた外の景色は
もう
何もない
白一色の、別世界になっていた。
 
大きな扉を開けたとたんに
吐く息が白く凍った。
駅方面に向かって植えられた桜並木たちは
まるで
綿でデコレーションしたクリスマスツリーのように
そこに、存在していた。
 
静かだった。
 
雪は音を消しさる。
全ての色も消し去ってしまう。
 
視覚で得た情報って、すごいと思う。

不思議とね、
現実も、嫌なことも、
全て埋め尽くしてくれたような気になる時もあるんだよな。
 
 
今朝、
玄関をスニーカーで飛び出したおれは、
無理やり母ちゃんに長靴を履かされたのだが
正解だった。
 
おれの後ろから、わさわさと声が聞こえはじめた。
 
長靴の靴底で
踏み込んだ雪の感触は心地よい。
 
おれの前には
足跡がひとつもない。
 
16時34分発の電車に乗るために
早足で駅に向かった。
 
 
切符販売の窓口を覗くと
国鉄の駅員さんが2人、
ダルマストーブを囲むように立っている。
 
声をかけると、ひとりの駅員さんが
手をこすりながらこっちに向かってきた。
 
定期の使える区間と逆の方向の切符を買っている間に
電車が到着し、
あわてて飛び乗った。
 
 
1駅、1駅、
彼女の住む家に近づくにつれて
胸が高鳴った。
 
目的の駅に到着した時には
雪は止み
 
改札を抜けると、
見たことの無い景色がそこにあった。
 
もう、外は真っ暗
 
電車が去った後
静寂が訪れ、駅を闇が覆った。
 
右に曲がると
直ぐに細長い坂道がそこにあり
街灯を頼りに坂道の終点まで登った。
 
長い坂だな・・
 
教えてもらった通りの道を歩き
表札を見つけた。
 
ここだ
 
玄関の前に立ち
緊張が頂点に達していたおれは
直ぐにチャイムを鳴らせなかった。
 
どれだけの時間、そこに佇んでいただろうか。
 
今日、一番の勇気でチャイムを鳴らすと
彼女のお母さんがにこにこしながら玄関を開けてくれた。
 
『こ・こんばんわ・・』

『さあ、さあ どうぞ』
おれを案内してくれた。
 
大きな間口の玄関を上がると
直ぐに階段があった。
 
『上ってすぐ左の部屋よ!』
 
ゆっくりと階段を上った。
この扉の向こうに、最愛のひとがいる。
 
そう思うと
何だか目頭が熱くなった。
 
 
ノックをした。
 
『はい』
 
何度も聞いた声がする。
 
ドアノブを回して扉を開けたとたんに
ものすごく眩しい光を感じた。
 
中に入ると
ベッドに半身起こした彼女がいた。
 
長く、癖のある髪をピンで止めて
大きな瞳がおれをまっすぐに見ている。
 
すごく逢いたかった。
すごく逢いたかった。
 
ベッドまで近づいてひざを落とし
『大丈夫?』
と、問いかける。
 
『風邪、うつっちゃうよ』
って、最高の笑顔で彼女は言った。
 
『ううん・うつってもいい・・』
『このままずっといたい。』
 
布団から出ている細い指に触れた。
体中が熱くなった。
 
いつもいつも
手紙を書いてくれている手だ。
 
今まで生きてきて、
一番幸せな時間だった。
(彼女とつきあってから頻繁に“一番”が上書きされる。)
 
とりとめのない会話をした。
 
白いカーテンが眩しかった。
彼女の笑顔が眩しかった。
 
 
時間が経つのを忘れた。
 
女の子の部屋に入ったのは初めてで、
いろんなものに興味があった。
 
きれいな部屋だった。
 
部屋にある全てのものが整然と並べてある。
 
カラーボックスにはいくつかのレコードと
手書きのインデックスのカセットテープが並んでいる。
 
音楽の趣味がわかった。
 
そうなんだ・・
おれと全然趣味が違う。
 
のちに おれは、
彼女の好きなミュージシャンの曲を聴くようになった。
 
エアチェック(FMラジオをカセットテープにタイマー録音)して
毎日聴いた。
明星を買ってきて、歌詞とコードを覚えた。
 
 
 
『あ、そうだ』
『クリスマスプレゼント』
 
宿題の出ている教科書とノートが乱雑に入っているカバンをあさり
中から紙袋に入れた小箱を出し、
彼女に渡した。
 
中身は 手作りの小物入れ
今考えると、恥ずかしくなるようなものだ。
 
 
そして
彼女はベッドからおれのいる方に大きくかがみ込み
隣の棚に手を伸ばした。
 
ち・・近い!
透き通るほどに白い肌
 
胸元に目を向けてしまい、
もう、ドキドキが止まらなくなった。
 
これ以上、近づけない距離におれがいる。
 
一歩、後ずさりしたおれに
大きな紙袋を手渡した。
 
『はい、これ 私から♡』
 
うわー ものすごく嬉しかった。
ものすごくものすごく嬉しかった。
 
おれは舞い上がった。
重力があることを忘れるほど
幸せだった。
 
 
『見てもいい?』
 
『・・ダメ』『家に帰ってから!』
 
 
その、無重力空間で
おれらは時間を忘れて語り合った。
内容なんて、まったく覚えていない。
 
ただ 幸せだった。
 
 
途中、部屋のドアが『トントン』と
音がした。
 
2回目の彼女のお母さんの登場だ。
 
彼女のお母さんがお盆を手に入ってきた。
 
すごくいい香りがする。
 
ココアだ。
 
2つのコーヒーカップにたっぷりと入ったココアと
お菓子がそこにある。
 
湯気とともに香り立つそのカップには
乳脂肪分が固形化した痕跡がある。
(牛乳でつくったココアだ!)
 
『すみません・・ありがとうございます。』
 
『夕飯、食べていけば!』
って、
 (驚!)
笑顔で話しかけてきてくれたけど・・
 
いやいやいや・・何を・・そんな・・
無理無理
固形物がのどを通るはずがない。
 
時計を見ると、
もう2時間もここにいたことに気付いた。
 
しまった・・こんなに長くいたのか・・
 
『何、いいのよ』『夕飯、食べていけばいいのに』
 
最初に運んでくれた紅茶のカップをさげながら、そう言ってくれた。
 
『あ・これ、頂いたら帰ります!』
 
人生で一番幸せな時間を堪能したおれは
彼女と、彼女のお母さんに見送られ
玄関を出た。
 
 
 
あれ?
やけに明るいな・・
 
雪はすっかり止み、
晴れ上がった空には
宝石箱をひっくり返したような空間が広がっていた。
 
積った雪は
なんとなく青みかかった色を放っている。
 
見上げると、
そこには、まんまるな月が輝いていた。
 
空気中にある、チリやほこりを、
1日かけて雪が掃除したから
遮るものが何もない、透き通った空だった。
 
 
 
 
家に帰ると、うちの母ちゃんが除雪をしていた。
『何時まで遊んどるの!』
と、言いながら
おれの尻をひっぱたいた。
 
夢の世界から
現実の世界に引き戻された瞬間だ。
 
 
 
一目散に2階に上がり
彼女がくれた紙袋を開いた。
 
なんと
中身は手編みのマフラーだった。
 
おれの身長ほど長いマフラーだった。
 
ん?
端の方に、何か縫い付けてある・・
 
見ると、
おれの名前と彼女の名前がそこにあった。
 
早速、首に巻くと、なんとも温かい・・
う・・感動した。
 
涙が出た。
 
女性からプレゼントをもらったのは初めてだった。
今まで、
異性から好意をもたれたことなんか、一度もなかったのに
おれへの想いは、何かの間違いだろうと
まだ、信じ切れていない自分がいる。
 
あれ?
袋にまだ何か入っているな
 
手を入れて拾い上げると
それは何とも分厚い封筒だった。
 
封を開けると、
びっしりと文字が書かれた紙が何枚も入っている。
 
ものすごく嬉しいのだ。
 
彼女と付き合うまで
手紙なんかもらったことがなかったから
毎回、本当に嬉しいのだ。
 
ただでさえ嬉しいのに、
この枚数じゃ、気絶レベルじゃないか!
 
最初の方は、近況報告で
途中から おれのことがものすごく書いてあり
おれと出逢ってから
観るもの、触れるもの、すべてのものが
輝いているって書いてあった。
 
それは、おれも同じだよ!
寝ても起きても、
君のことであたまがいっぱいだよ。。
 
彼女の文才には、いつも驚いた。
 
そしていつも最後の締めくくりは
『乱筆にて』と、書かれてあり、
彼女の名前のサインがあった。
 
え、あれ?
もう1枚ある。
 
おまけの最後のページに
こう書いてあった。
 
『大好き♡♡』
 
やられた
 
もう、寝れないじゃないか・・
 
夢だ・これ・夢だ・・
何かの間違いだ
 
・・それにしても
このマフラー いい匂い・・
 
 
そしてまた、
眠れない夜が続いた。
 
 
もう、何十年も前のこと・・
記憶のすべてが
おれの宝物・・
 
 



 
 
ラジオから流れてきた曲
 
なつかしいメロディー
 
彼女の一番好きだったアーティストの曲
 
何度も聴いたな・・
目を閉じると、あの頃のことを思い出す・・
 
今、何をしているのかな
 
 
 
 
 
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 


写真 : 姨捨SAから