ごつごつとした巨大な雪のコブ
その曲線部から下に見える景色は、
ゴマほどに小さい人間が
点々と見えただけだった。
ここ、ヤナバ スキー場の
上級者コースのてっぺんから見る景色は
滑った途端に、垂直落下がイメージされるほど・・
いや
滑るというより
崖から落下していく
と言った方が正解じゃないの?
と、思わせるほどの傾斜だった。
もう、遠い昔のことである・・・
高校のスキー教室に参加したおれは、
そのシーズンがスキーの初体験だった。
自分の身長より、20cm長いスキー板を選ぶ時代
今のようにストッパーの無いスキー板は
スキー靴に紐で板をくくりつけていた。
インストラクタ は、高校の体育の先生
くじ引きで決まってしまった
『初級者コース のインストラクタ』 が
無性に気に入らない感じであった。
いま思い返せば、こいつの『滑りたい欲求』が、
事故のもとだったのだ。。。
おれらは
セオリー通り、ボーゲン から教えてもらった。
ボーゲン の練習をして、
ほんの少し、
シュテムターン を覚えた。
2時間ほどして、
『いいかーおめえら~』
『ボーゲンができればどこでも滑れるぞ~』
っと、
“はやく滑りたい”と、
顔に書いてあるインストラクタさまが ぬかしやがったのだ。
『これから リフトで、一番上に上がる』
と言い、
指を差した方向に見える傾斜は、
下から見ると、とっても緩やかに見えた。
初級者コースの20名くらいで
リフトを数回乗り替えて
最後のリフトまであとひとつ のところまで上がってきた。
最後のリフトに乗る時、乗車位置に
『傾斜38度』
と、書いてあった。
おれは、三角定規 をイメージした。
『三角定規の一番角度が小さいところが 30度 だから・・』
『まあ、大したことないな』・・と・・
ガタン ッ ガタン と
チェーンベルトから伝わる振動と音を聞きながら
上がっていく。
尻がようやく入るくらいの 小さな一人用のリフト
命を支えているのは
左手にある、一本の細い鉄棒のみ。
手を離したら、まっさかさまに雪面に落ちる。
気圧で耳が『ぱちっ』と鳴った。
リフトを降りた時、
なぜか
悲鳴を上げる生徒の声が複数、聞こえたのだ。
その時はまだ 『大げさだな』
って、思っていたのだが・・
滑走位置までくると、その理由がわかった。
目の前に見えた景色は
遮るものは何もない
『壮大な 遠くまで青い空』
そして・・
足元を見ると
垂直のがけっぷちに立っている おれ がいる。
血の気が引いた・・
地獄だ・・
しばらく放心状態になった。
ここ
一番てっぺんだけあって、
最初のリフト乗り場より、更に気温が低い。
時々、
風が舞い上げた雪のつぶ が、 頬にあたる。
『怖い!!!!!』
その時、
『いいか~教えた通りに滑ってこいよ~』
脳天気な声が聞こえた。
その、脳天気おじさんは
視界からあっという間に消えていったのである。
残された おれらは 誰一人 しばらく動けなかった。
リフトを上がってくるひとは 誰もいない。。。
どれくらい、ここで停滞していたのだろうか・・
しばらくして
勇気ある ひとりが 滑り始めた。
『しもへい だ!!!』 (下平:しもだいら のあだ名)
『しもへい』 の 体重は おれの倍以上で
丸い体型 、度胸がある。
分厚い眼鏡をした 男なのだ。
しゃがみながら
傾斜が一番ゆるやかになるように
横に スー っと滑っては尻もちをついて、方向転換して
また、逆方向に向かって滑って を、繰り返していた。
『うまい!!』
なかなか考えた滑り方だ!!
何人かの女子は、
上がってきたリフトで降りて行った。
おれも、そうしたかった・・
しかし、ゲレンデを滑って降りて行った勇気あるやつがいる以上、
ここで
リフトで逆行っていう訳にはいかないのだ!!
しもへい に続いて、数人が、同じように斜面を滑って行ったので、
おれも それに続いた。
しもへい が どこまで降りたかって、雪のコブが邪魔で良く見えないが
20mくらいは降りただろう・・
誰ひとり、立っている者はいない。
怖くて立てないのだ
何度も 何度も 滑っては 尻もちをついていたので
尻がもう冷たくてたまらん
しかも、 何といっても 面白くない
ふと
おれは、ひとつ仮説を立てた。
脳天気おじさんは、『ボーゲン で降りることができる』
って 言ってた。
最初それは、嘘だと思っていた。
だが、
実は
アマチュアにはわからないだけで
本当に ボーゲンで滑って降りることができるのでは!!!
っと
信じた おれがバカだった。
平らに均したゲレンデならまだしも
ここは ガリガリのコブでできた斜面
谷に体の向きを変えて、
スキー板を ハの字にして 起き上った途端
エッジが まだ きっちり効かない状況
ズルズルと滑りはじめ、
大きなコブに向かって直進したと思ったら
コブの向こう側は
ほぼ、垂直の崖
“ゴロン”
と、転倒してしまった。
転倒時
“骨折を避けるため、手足は上に向けろ” と 教えられていたので
教えの通りに
両手両足を上に向けた状態で、背中で滑り落ちて行った。
片足のスキーは外れ、おれの足に結び付けた板が、
方向性を失って、バタバタと暴れている。
摩擦の無い ナイロン製のスキーウエアの背中は、
その速度を加速させ
何十キロもスピードが出ていたに違いない・・
『死んだ!!』 と 思った。
加速度g が
その方程式通りの速度でスピードアップした。
鼻から脳にかけて、ものすごく熱くなった。
コブをいくつも背中でジャンプして、
リフト長の半分まで落ちた頃、
へっぴり腰でかがんで移動中の 丸い大きなもの が視界に入った。
『がばっ』 という音とともに
マックススピードで その へっぴり腰に ぶつかったのだ!!!
『しもへい ごめーん!!!』
『ギャーっ』 と 悲鳴があがり
おれは しもへい と一緒に、
等速直線運動で仲良く落ちて行ったのである。
横を見ると おれと同じ格好
両手両足を上げて背中で滑り落ちている しもへい がいた。
外から見ていた人がいたら、さぞ、滑稽だったに違いない。
おかげでスピード が落ちた。
同じ格好で 二人、
一緒にコブを 背中でジャンプしながら
落ちて行き、
ようやく止まったのは
リフトの乗り場の少し下のあたり
よだれを垂らして
上を向いて放心状態の しもへい は、
両足とも板が外れていた。
奇跡的に 二人とも怪我はなかった。
しもへい にぶつからなかったら、まだ下に落ちて行ったに違いない。。
しもへい に感謝
合掌
しっかし、あの 脳天気なインストラクタ男め
ボーゲンで滑れるとは よく言ったもんだぜ
ボーゲンを極めた達人のスキーヤーが いるかってーの !!
写真は 前シーズンの おれ~
