古いトタン屋根を叩く、不規則な雨音で目が覚めた。
窓の向こう側の景色が大きくゆがんで見える。
夏の終わり秋のはじまり
標高800m
ここ 赤倉温泉街は 肌寒い
年に何度か、この温泉宿を使っている・・・・・

もう、12年も前のこと・・
行きつけの お好み焼き屋さん 『雪ん子』 が、ここにあった。
背筋がぴんとのびた、77歳のおばあさんが一人で経営していたお店である。
6畳ほどの小さな店内
入ると、ソースと小麦粉の焼けたいい匂いが迎えてくれた。
スキーで訪れてきた若者たちの写真が、壁本来の色が見えないほど
天井まで 重なり合い貼り付けてあった。
いつものように ガラスの格子扉をあけると
『いらっしゃい!』 と、 元気なしゃがれ声
『おーケンさんとタケちゃんじゃないか~』
いつものように煙草をくゆらせながら、カウンターの向こうから話しかけてくる。
安心するんだよな・・この声
元気そうでよかった。
カウンターに腰かけると、
去年よりも更に厚くなっている壁の歴史が心を和ませてくれる。
まっ白になった髪を後ろできれいに束ね、
まっすぐ前を見て お客さんに応対する『おかあちゃん』
地酒と麒麟瓶ビールしかないけれど、逆に他はいらない。
まずは 瓶ビールで乾杯だ!!
鉄板からの熱を感じながら、コップに継がれたビールを飲み干す。
胃袋から幸せを感じる瞬間である。
1瓶目は 10分もしない間に空いてしまう。
1瓶目が空くかどうかの頃には、
冷蔵庫の扉をあけている『おかあちゃん』の背中が
見える。
なんでも おかあちゃんには、お見通しなのである。
スキー オンシーズンにはあまりここには来ない。
オンシーズンは、人気があって、おかあちゃんと会話ができないからだ。
以前、
スキー客でにぎわう『雪ん子』に入ったことがある。
気さくな若者たちと、直ぐに意気投合して、
日付が変わるまで笑いながら大騒ぎした。
実は、
それもまた楽しかった・・
空き瓶が2本程並ぶ頃に、
ソースを薄く広げた
まぶしく光る お好み焼き が 登場する。
自分で焼くのは面倒だから、いつもおかあちゃんに頼んでいるのである。
目の前で 焼ける音とともに、いい匂いがしてくる。
食べやすいサイズにカットしてもらったころ、
はしでつっついて、小皿に入れる。
とろけるような切り口から、湯気が立っている。
その、
ふわっと焼けた お好み焼きが、舌の上に触れた瞬間に、
笑みがこぼれてしまう。
これこそが
世界で一番おいしい お好み焼き なのだ
香ばしいソースの焼けた匂いと口の中の温度のマッチングがたまらなくいい。
食材は、地元の仲間から調達しているとのことで
おかあちゃんのオリジナルな組み合わせなのだ。
具のメインは 海の幸
とれたての 魚介類 が、ここ、赤倉まで毎日運ばれてくるのだという。
実は
上越市近郊の料亭も
日本海でとれたものが出ないところも少なくはない。
どこ産かわからない凍った刺身や、
近くのスーパーで買ってきたと思われる海外の食材を使った料理は、
当たり前のようにテーブルに並ぶ。
価格設定を安くするためには仕方がない事だとは理解はしているが
せめて
近所のスーパーの名前が入った パッケージ くらいは、
客から見えないところに置いてほしいものだ。
それなのに、
ここ 標高800mの赤倉温泉で、
新鮮な食材を使ったお好み焼きが楽しめるのである。
エビやイカ、貝は、そのまま鉄板の上で焼いて
醤油をかけただけでも 最高に美味なのだ。
毎年、オンシーズンになれば、にぎわうのは必然なのである。
人生経験が豊富なおかあちゃんには
なんでも話ができた。
『はっはっは』って
心の底から本当に楽しそうに笑っていた顔を今でも覚えている。
その、
『雪ん子』の看板の灯りが
赤倉温泉街のお土産屋さんが並ぶ小路から 消えた。
もう12年か
あの日のことが、ついこの間のことのように思い浮かぶ・・・
・
・
どしゃ降りの雨の朝・・
パジャマ代わりの浴衣姿のまま、温泉まで行った。
大粒で、当たると刺激的な雨の中を
露天風呂まで 駆け足で行って、お湯に飛び込んだ。
お~気持ちがいい~
朝の露天風呂は最高なのだ!!!
やみそうもない雨・・
赤倉温泉街 の朝は ゆっくりと漂う霧の中にある。

