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Cledorのブログです。頭に浮かんだことを記録として残したいと考えています



アウトリガー付の小舟で、南アメリカ大陸へ到達した人達と別ルートでアメリカ大陸に到達した人達がいる。

4万年~1万年前の間にユーラシア大陸からモンゴロイドがベーリング海峡を渡り、アメリカ大陸に移り住んだという説だ。

この説の方が、古くから言われている定説になっているようだ。学校でもこのように教えられているのかもしれない。

この説に、もう少し肉付けをすると以下のようになる。
アフリカ大陸で生まれた人類は、トルコ付近まで北上し、西のヨーロッパへと進む者、東のアジアに進む者に大きく分かれた。
そして、アジアを進むうちに、北回りと南回りに別れた。北回りに進んだ人たちは、ロシアのバイカル湖付近に定住をした。しかし、主食のマンモスを食べつくし、地球も氷河期へと移行する。

そこで、慣れ親しんだ地を離れ、東へと進む。さらに東へ進む者はアメリカ大陸へ、南に進む者は日本へと到達した。

この当時は、水面が100mも下がっており、ロシアから日本へ、またベーリング海を渡ってアメリカへ行く事にも、陸を移動すればよかった。

要するに、小舟で太平洋を渡った人達、陸を移動した人達の両方がいたということになるのだろう。

彼らは、目的地も無く、潮の流れに身を任せ、陸が続く限り移動し、新天地を探しいろいろな手段で冷えてきた地球を南下したのだ。

それも、大集団で移動したはずである。例えは悪いが、ちょうど蟻が列を組んで餌を巣穴に運んでいるように。
疲労で倒れる者、健康を害して離脱する者、健康体で強い意志のある者だけが、たどり着く。
自然に厳選された集団が出来る。だから、この人たちは、地道な努力と経験を後生に受け継ぎ、その子孫は高い文明をもたらす結果になったのだろう。


その後、この厳選された人達が代を重ね、各地域に広がり 長い年月をかけて独自の文化を発展させていった。

4世紀から14世紀頃にかけて、今のメキシコ南部からグアテマラ付近には、マヤ文明が栄え、太陽や星の動きで暦を正確に把握し、マヤ文字を持つなど、高度な文明を築いていた。

南アメリカ大陸のアンデス高原地帯にはインカ文明が発達し、マチュ・ピチュなど急峻な山岳地帯に都市を築こうとした。厳しい自然環境の中でも、農業を中心に栄え、15世紀頃には南北4000kmにも及ぶ広大な領土を支配していた。

メキシコ高原にあったアステカ帝国は、学校や神殿、上下水道まで完備した都市、テノチティトランを建設し、多い時は20万人が平和に暮らす大都市だったようだ。

16世紀に入ると、スペインの軍事がメキシコに黄金を求めて渡ってきた。
このことが、大きく歴史を変えることになる。





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