
大航海時代の英雄はコロンブスだけではない。
学校の世界史の授業で習った人物があと二人いる。
アフリカ大陸 喜望峰航路を発見した、ヴァスコ・ダ・ガマ
南アメリカ マゼラン海峡を発見した マゼラン
なぜ、十字架の基に3名の航海士を並べたかというと、宣教師とは異なるが、宗教家だと言われれば、そのように見えてしまう風貌だ。
それと、彼らの航海にの一つには カトリック教会の布教活動という目的も含まれていた。
航海の安全は、神頼み。布教活動という目的があることで、きっと神様は守ってくれるだろうと、考えていたのだろう。
その神に守られたヨーロッパ人と、我々の祖先であったろう人々は南アメリカ大陸で出会うことになる。
7月28日正午過ぎ、タイムマシーンに乗って15世紀時代を目指した。しかし数分後、日本列島のあまりの暑さに耐えかねて、氷河時代へとタイムスリップをしてから、13世紀のヴェネツィアに寄り道をして、今は15世紀にいる。
人類の起源は、10万年前のアフリカ大陸から北上し、今のトルコあたりにたどり着く。
ここトルコは、アジアサイドとヨーロッパサイドがある大地だ。
西を目指した人類は西洋人となり白い肌に変わった。東へと目指した人類は、移動に移動を重ね、有色人種になった。そして南回りと北回りに分かれ、その両方から日本の地に到達する。
そして、縄文時代に入った。彼らは素晴らしい文化を持っていた。海に慣れ親しみ、かなり遠くの海へも行き来をし、縄文土器を生み出した。
主食だったクリを食べつくし、どんぐりを食べるしかなかったが、クリのように美味しくなく、生では食べられない。そこで、火をおこし茹でる必要があった。その時に重宝したのが、縄文土器だ。しかし、従来の製法では火にかけると割れやすい。そこで、土に動物の毛を混ぜて土器を作った。これは、この時代の日本固有の技術だ。
しかし、そんな平和な時代に、天変地異が襲ってくる。丁度、タイムスリップした4万年~2万年前から暫くたってのことだった。隕石か火山の爆発か、いっぺんに太陽が灰で覆い隠され、やむなく脱出するしかなかった。これは、今でいう東日本地区、北回りで日本の地にやってきた人たちの子孫だった。
アウトリガー付の木をくり抜いた7mほどの小舟で、日本の地を後にした。潮の流れに任せ、どんどん太平洋の荒波の中を進む。ある者は、太平洋の北側を、またある者はフィリピン近海から太平洋を横断し、15000km、6か月の旅になった。目指す目的地が無いままに、運よく着いたところは、南米エクアドルだった。
アウトリガー付の小舟 縄文人が使用した舟
慣れ親しんだ海、土器を持っているお蔭で10日に一度降る雨水を貯めることができ、飲料水が不足することがなかった。小舟の影に寄ってくる魚を釣り、食糧にした。
縄文人は海洋人だったため、太平洋の5mを超す荒波の中を航海することに成功した。
この地で、縄文土器を焼き、どんどん南米大陸へと生活の場を広げていき、独自の文化を育むのであった。
しかし、15世紀に入り、いよいよ大航海時代という今までに経験したことが無い、大波が襲ってくるのだった。悲しいことに、天然の波には強くても、人工の波には脆かった。

