ビジョンと妄想 | Cleat からのメッセージ

ビジョンと妄想

ブランドビジョンという言葉がある。

VISIONはランダムハウス英語辞典によると
【1】見えること;視覚,視力;視野;観察:
【2】将来を見越すこと[力],見通し,先見(の明); 洞察力,想像力
とある。

つまり「このブランドの将来はどのようになるのか?」を心に思い描くことがブランドビジョンとなる。しかしながら「ビジョン」と言われるとなんだかもっとしっかり明確なものでなければいけないように思われてはいないだろうか?

 ビジョンという言葉は、未来に対する信念や、経営能力に比例する先見性とイコールになりすぎていないだろうか? 株主総会でも「トップマネジメントチームの経営ビジョン」などという言葉を多く使うあまり、ビジョンを「ロジカルで戦略的で、なおかつしっかりとした目論見あるものでなければビジョンとして認めないぞ!」という風潮ははたしてないだろうか?

しかし言いたい。もともと視覚などというのは、かなりいい加減なものである。さらにビジョンには他にも
【2】(1)トランス[恍惚(こうこつ)](状態). (2)幻覚,幻視:という意味さえあるから、このいい加減さに輪をかけている。

僕が言いたいのは別にビジョンという言葉をおとしめたいわけではなく、ブランドの将来を心に思い描くときにはまず、妄想くらいリラックスした「思い描き」をすべきだということである。 これはお客様にとって「かっこいい状況」「愛される状況」を思い描くことに似ている。 

(以下次号)

本日より1週間(場合によっては10日)ブランドの都欧州へ出張にでかけますため、ちょっと更新ペースが悪くなります。