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花火大会中止で感情論ではなく、国民は考えるべきである

花火大会中止の問題だが、何故こんなことが起きるのか?

根本的な事を考えなければ、今後も同じことが続くだろう。

今回、日進市が謝罪したところで解決したとは言えない。

根本的な所とは何か?

1、国の安全基準値が、国際基準よりも甘い。
根拠のない数値である。

2、未だに除染がされていない

3、全ての物に対して、数値が発表されてなく、ただ安全ですと言うだけである。

4、産地などが曖昧で、福島産としか表記してない物が多い。

先ずは国は、直ぐに除染作業に入り、安全基準値を国際基準に戻し、福島産だけの表記ではなく、細かい地域まで表記。福島でも汚染の低い地域はたくさんある。
逐一数値を測定し、発表する事。

国は金の事ばかり考えるのではなく、国民の生命・財産を守ることを第一として、誠心誠意を尽くすべきである。

今のままでは、このような問題はいつまで経っても無くならない

日進市の花火・・・どちらが論理的か?

日進市の花火・・・どちらが論理的か?

愛知県日進市の花火大会で一部の花火の打ち上げた中止されました。

報道では「花火大会の実行委員会は「花火店のある場所は国の放射線許容量を下回っている。室内で保管され、まったく問題ない」として実施する考えだったが取りやめた。」

「実行委事務局責任者の市産業振興課長は「安全性に問題がなく、取りやめは苦渋の決断だ。一人でも多くの人に気持ちよく花火を見てもらいたいという考えで判断した」と理由を説明した。」

「川俣町は一部が原発事故で計画的避難区域に指定されているが、菅野煙火店は区域外の低線量地域にある。花火の社長は「初めてのケース。仕方がないが、大変残念」と悔しがった。」

「名古屋大大学院の某教授(環境放射能)は「花火の放射性物質を気にして打ち上げを取りやめるのは行きすぎた反応であり、大変残念なことだ。花火は当然、食品とは切り分けて考えなければならない。こうした根拠のない考えや不安は、差別やいじめの構図につながる恐れがある。」

驚きました。なにに驚いたかというと市の課長、会社の社長、名古屋大学の教授といえばいずれも社会的には指導的立場の方ばかりですが、どうしてこんなに論理的に間違っていることを言うのでしょう?? まさか市も新聞も日進市の住民を被曝させるチャンスと考えたのではないとは思いますが(最近、被曝は健康によいとの話もありますので)。

1. 「福島の川俣町」と言えば福島でかなり汚染されているところと考えなければならない、

2. 川俣町の一部が国の汚染地域の指定より放射線が低いといってもそれは「花火」という製品とは無関係、

3. 国の基準がトリプルスタンダード(1年1ミリ、1年5ミリ、1年20ミリ)で適応範囲(福島県だけ?愛知県は?)も時期(暫定と言ってもいつまで?)も不明、

4. 国の基準を下回っていると言ってもなぜか数値は言わない、

5. 福島原発から漏れた80京ベクレルをどうするのかの基本政策がない、

特にこのコメントの中では名古屋大学の先生のコメントが問題と言うより驚きました。どうして環境のご専門の先生がこんなに非論理的なことをおっしゃるのか、教えていただく機会を作りたいと思います。先生がこのように言われるのですから、花火が法律で定められた基準以下であるということが判っているのではないかと思います。またこのコメントを出した記者さんにも感想を聞きたいと思います。

先生「花火の放射性物質を気にして打ち上げを取りやめるのは行きすぎた反応であり、大変残念なことだ。」

→なぜ、花火の放射性物質を気にするのが行き過ぎなのか? 汚染の数値が示されていないのだから、気にするのが普通。(おそらく数値を知っておられると思います。)

先生「花火は当然、食品とは切り分けて考えなければならない。こうした根拠のない考えや不安は、差別やいじめの構図につながる恐れがある。」

→食品とは違うが、トリプルスタンダードで時期も不明な規制のある時に先生が基準とするものはなにか? 「数値を示されていないもの」を政府や自治体などの権力で「安全だ」とする方が「差別やいじめ」の温床になる。

実は、この件でマスコミの取材を受けましたが、その記者も私の話を聞くまでは「花火ぐらいいいじゃないか」という感じでした。そこで「なんで花火ぐらい良いのか?」と聞きますと、別に理由は無いようでした。また、「福島の1年20ミリシーベルトという基準は日進市にも適応されるのですか?」と聞くとそれも知らないようでした。

ひどい日本になったと感じます。本当に、こんなに理不尽なことが続けば「国民いじめ、子供いじめ、お母さんいじめ」が続くような気がします。日進市で花火の打ち上げを止めた市民の方は良いことをされたと思います。

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中部大学武田邦彦
(平成23年9月19日)

心が二つに分かれている時代

心が二つに分かれている時代

今、太平洋の魚介類がどのぐらい汚れているのか、コツコツとやっていますが、北海道から愛知県まで太平洋側の魚介類、藻類でやや小型のものはかなり汚染されています。ところで・・・

3月12日を堺に、それまであれほど1年1ミリシーベルトを守れといっていた専門家が一斉に「被曝は大したことはない」と言い出したこと、それに衝撃を受けたのは私だけでは無いでしょう。

[カメラPhoto]

また、科学者である私にとって見れば、実験結果、観測結果などの事実は、それまでの自分の考えをすべて捨て去らなければならないほど重要なことです。だから、2007年の柏崎刈羽原発の事故と、2011年の東通、福島第一、それに東海第二の事故、さらには福島第一3号機の爆発映像を見て、「原子力発電所は安全だ」などという科学者はいないはずです。

それなのに、まだ日本原子力学会も、大学の原子力関係の研究者も、そして国の原子力関係者も、事故の前と同じような考えで研究をしています。

なぜなのだろうか? 先回、「もしかしたら、日本人はなにも考えていないのではないか、自分の意見というのは無いのか?」ともおもいました。でも、日本人には他の民族にないすばらしい性質を持っていることも事実です。

・・・・・・・・・

日銀で活躍していたある友人が今から15年ほど前に私に次のような話をしてくれました。

「1980年代に日本の銀行もサラ金のような個人向け・無担保の業務に乗り出そうかと検討したが、最終的には銀行のやることではないということでやらなかった。でもその後の状態を見ると日本ではサラ金が大成功した。そのもっとも大きな理由は日本人は「借りたものを返す」という世界でも珍しい民族だったからだ」

つまり、多くの国では短期間にお金が足りないから借りるという場合、借りたお金を返さないのですが、日本人は必ず返すという特別な人たちだというのです。

同じような話を同じ時期に聞いたことを思い出します。ある総合商社で長い間、資金回収を担当し、重役にまでなった人でしたが、この人は、

「不思議なことに、海外のお金を回収するときに、相手の事務所が日本人の経営ならまず間違いなく資金は回収できた。でも不思議なことに、相手の事務所の経営者が外国人でも事務所に日本人が一人でもいれば回収は容易だった。本当に不思議だ」

と言っておられました。

私はこの二つのことを聞き、江戸時代のことを書いた本を思い出したのです。借金をした人が証文に、「もし金子(きんす)を返さない場合はお笑いになっても結構です」と書いているのです。「笑われる」ということは日本では「死ぬより辛い」と考えられていたと解説されていました。「恥を知る」というのが日本の文化の根源にあるのですが、それは遠くアフリカからユーラシア大陸を横断し、ついに太平洋を望む最後の土地にたどり着いた私たち日本人のルーツなのかも知れません。

・・・・・・・・・

そんなまじめな日本人、正直で誠実な日本人がなぜ、3月12日にころっと変わったり、科学者が事実を見ても原発を進めようとしたりしているのでしょうか? 福島原発事故で苦しんでいる多くの人は、実はこの矛盾を克服できないのではないかと思います。

そういえば奇妙なことがあります。リサイクル運動以来、私は「環境研究家、環境運動家」と言われる方とのつきあいがあったのですが、日本が放射性物質でこれほど汚れているのにあまり動きが無いのです。特にセシウムはかなり測定されているものの、骨にたまって白血病になる可能性があるストロンチウムや、肺に入って肺がんを引き起こすとされるプルトニウムがほとんど測定されていないのに、あまり関心がないように見えます。

環境研究家に怒られるかも知れませんが、彼らは「日本の環境」が心配だったのではなく、「環境の仕事」を失いたくなかっただけではないかとも思います。それは原子力科学者もそうで、彼らも「原子力」に興味があったのではなく、「原子力の仕事」を失いたくないので毎日、頑張っていたのではないか?と疑いたくなります。

事故が起こったことは大変、不幸なことでしたが、悲惨な墜落事故を乗り越えて現代の安全な航空機があるように、科学的に見れば原子力利用のための大きな進歩をもたらす原因にもなるわけで、多くの課題が提供されてもいるのです。

自分が言っていること、自分が書きたいことは、自分の魂の叫びなのか、それとも単にお金が欲しいからいっているのか?・・・これについて20世紀の初頭、マックス・ウェーバーという社会学者は冷たく言い放っています。

「学問が生活の糧を得るためだけの職業としての学問になって久しい」

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中部大学武田邦彦
(平成23年9月19日)