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科学の進歩と人間シリーズ(1)

科学の進歩と人間シリーズ(1)
 

(原発を続けるべきかどうか?科学は人間に何をしてきたのか、第一段階のまとめをしてみようと思います。具体的なこととは関係がないので、お時間のある方に)

現代人、つまり我々は数万年前、先行していたネアンデルタール人が絶滅して登場したのですが、ネアンデルタール人の平均寿命はたった18歳と推定されています。その頃、死者のお墓を作って弔う習慣ができたのでおおよその平均寿命が判っています。

現代人が登場してもしばらくはほぼ同じ平均寿命で、有名なギリシャ,ローマの時代での多くの人は25歳にもならないうちに死んでいったのです.当時でもひとりひとりの人は今と同じように人生で何かをやりたいという夢を持っていたと思いますが,それも果たせず,志半ばでこの世を去ったに違いありません.

 そんな人間も,その知恵ですこしずつ長く,そして健康に生きることができるようになり,現代に至りました.

 寿命が延びたのは伝染病などが少なくなり、医療が発達したことだけではありません.むしろ医療は補助的な役割で、人間の生活自体が豊かになり衛生的になったことによって健康が維持されるということですから,科学技術と社会の進歩によるものとしてよいでしょう。

 進歩の内容は膨大ですが、たとえば、100年前,多くの人が馬車に乗るようになると,道路が馬糞で一杯になります.そんなときに,人間の知恵を信じない人たちは,「ノー馬車デー」を作り,人間の知恵を後退させようとしました.でも,現実に道路の馬糞を片付けたのは,「ノー馬車デー」ではなく,自動車という「馬糞を出さない車」だったのです.

 ここで、今から100年ほど前と現在の生活を比べてみましょう。当時の日本人の平均寿命は男女ともほぼ42歳でした。赤ちゃんの時に無くなってしまう乳幼児死亡率も高かったし、栄養状態や衛生状態が悪く、多くの人が結核や赤痢で若くして死んでいきました。有名な詩人、石川啄木、歌人の正岡子規など若くして病魔に冒され、無念の中に若き死を受け入れた人も多かったのです。

 今では寿命は80歳を超えるようになったので、40歳というと死を意識する年齢ではなくなりました。男性ではまだ結婚もしていない人が増え、女性では初産を高年齢で経験する時代となったのです。もし、人間は時間的にも長く生きることが幸福であるとすれば、100年前と比較すると私たちは「2倍の幸福」を味わうことができるようになったとも言えるのです。

 もう少し前に戻って、今から150年ほど前、エジソンが電球というものを発明しました。もともと「電気」というものが発見されたのが19世紀ですから、電気の発見のすぐ後に電球が発明されたのですから、さすがエジソンです。

 もちろんエジソンが電球を発見してからすぐすべての家庭に電灯が普及した訳ではないのですが、100年ほど前には各家庭に電気がつくようになり、人間は「夜も昼と同じように生活ができる」ということになりました。それまでは暗くなるとロウソクや暖炉の火の光でようやく夜を過ごしていたわけですから、電灯の発明は人類が活動できる時間を増やしたということで画期的なことだったのです。

 仮に朝5時に夜が明けて、夕方6時に日が暮れるとすると、昼が13時間、夜が12時間です。人間の睡眠時間は7時間ですから、夜の4時間は電灯の発明によって時間が増えたようなものです。さらに現代では高層ビルのレストランで夜景を楽しんだり、夜の生活を楽しむことすらできるようになりました。

 一日は24時間ですから、電灯の発明で6分の1が増えたことになります。24時間、自分の自由に過ごすことができることを考えると人生は2倍になったといっても言い過ぎではないでしょう。

 次に、生活の変化です。

 私の父は大学で数学を教えていました。工学系の大学だったので数学は必修科目。ところが1年から4年までどうしても数学が合格しない学生が多くいました。卒業が近くなると学生が遠く郷里からでてきた父親と一緒に、私の家にやってきて「何とか合格させてください。就職も決まっているので」と頼みに来ます。それが年中行事だったのです。

 当時はまだ電話が普及していなかったので、事前に連絡してくるということはなく、手紙で時間を予約するというのも先生に失礼だというので、突然、家に来られるのが普通でした。

 父が不在の時には母が玄関口にでて「今日はどこどこに行っています。夕刻まで帰ってこないと思うのですが」と言うと、「そうですか、それではまた明後日にでも来させていただきます」と帰られたことを思い出します。

 当時は自動車はまれにしかなかったので、どこかに行くと言っても駅まで歩き、地図もないのでそこから道を尋ねながら相手の家にたどり着いたものです。だから、東京の都心から郊外に行くだけでも1日仕事だったものです。それに加えて電話で予約しておけないのですから、現代の生活からみると不能率きわまりないものでしたが、それでも全員がそうなのですから、別に不能率ともおもわず、不満もありませんでした。

 どのぐらいの能率差があるかハッキリしませんが、たとえば新幹線とかつての汽車を比較すると3倍ぐらいスピードが違いますから、起きている時の時間も2、3倍ぐらいになっているでしょう。

 平均寿命、電灯の発明、それに電話や自動車などの発達を全部考えると、一人の人生の時間は「やれること」の数や内容から言えば8倍ぐらいになっているとも言えます。そしてそのほとんどは「科学の力」なのです。

 だから科学の成果を利用したのが「良かった」と言いたいわけではありません。事実、戦争や2011年の原発事故のように科学を利用したが故にひどいことも起こっているからです。

中部大学武田邦彦
(平成23年10月4日)

会津若松市のある小学校の教師の暴言。

1、会津若松市のある小学校の教師の暴言。
これはヒドイ!!
「牛乳を飲まない人は前に出てきなさい!」
「何で飲まないのか?」
皆の前で理由を言わされる
「牛乳を飲まないのは福島県民じゃない!福島に住む資格が無い!」
と罵倒される

・こう言う事が一番怖い。
やはり、人間が一番恐ろしい生き物。
教師は自分のクラスでこう言う児童が出てきて、クラス中に連鎖するのが怖いのだろう。

・福島原発事故で放射性物質汚染した食物を流通させ、ガレキを日本各地で燃やす。
これ、意図して放射能を日本中に拡散させているとしか思えない。
誰が決めて、誰が責任とるのか明確にすべき。
政府が放射能をばらまき、市民は自己責任で防護しなければならないのが日本の現状。

以前、農家の娘が噛み付いてきたのを思い出す。
「お父さんが一生懸命に作った米だから汚染されてても黙って食べろ!」
「食べる食べないは自己責任で食べれば良い!」
「米が売れなければ、私達は生活に困るんだ!」

この意見に数人が便乗してきた。

今でも考えが同じなのか。
大人にはまだ良いが、せめて、子供達には食べさせないように大人達がしなければならない。
子供達が自己責任で食べる食べないを決める程の知識も生活能力も無いのだから。
給食や家庭で出されたら否応がなしに食べなければ、生きて行けないのだから。

おかあさん達はとにかく安全な物をと頑張っているが、ソロソロお父さん達も頑張る時が来たのではないだろうか?

首都圏セシウム汚染の実態!千葉・松戸

放射性セシウムの蓄積量を示す広域地図(文部科学省提供)

 福島第1原発事故を受け、文科省が県単位で公表を続ける土壌に蓄積された放射性セシウムの汚染マップが、衝撃の実態を明らかにした。東京はこれから公表の予定だが、分布図で茨城県南部や千葉県北西部の延長線上となる地域は影響をモロに受けた可能性が高い。「汚染の帯」は首都圏の食を支える生産地の群馬県、栃木県にも伸び、事態は想像以上に深刻だ。

 文科省は29日、原発事故で放出された放射性セシウムについて航空機で測定した千葉県と埼玉県の土壌への蓄積状況を示す分布図を公表。公表済みの福島、栃木、茨城、群馬県などと合わせると、原発から南西方向に比較的高い線量の地域が帯状に伸び、首都圏まで汚染が広がる。

 文科省は、風の影響にで原発から北西方向に広がった放射性物質が、福島市西部の山間部で南西に方向を変え、群馬県西部まで汚染が広がったと分析。

 原発の南方は茨城県北部で風が一度海側に向きを変えた後、再び陸地側に方向を変え、千葉県北西部まで到達したとみている。千葉県柏市や松戸市などの土壌中のセシウムは1平方メートル当たり6万10万ベクレル、放射線量は毎時0・20・5マイクロシーベルトと高かった。埼玉県南東部の三郷市や西部の秩父市でも同様に高い地域があった。

 チェルノブイリ原発事故では、強制避難の基準は55万ベクレル以上ながら、3万7000ベクレル以上が「汚染地域」とされていた。

 周辺都県の結果はこれから公表される。東京、神奈川は早ければ来週中にも出される予定で、とりわけ東京23区東部の汚染は必至。葛飾区では3月23日、金町浄水場の水道水から乳児向け基準を上回る放射性物質が検出されている。

 放射性セシウムの「セシウム137」は半減期が約30年と長く、体内に入ると筋肉などにたまってがんなどの原因となる。文科省によると、毎時0・2マイクロシーベルト以上だと年間被ばく線量が一般人の被ばく限度の1ミリシーベルトを超える恐れがある。

 汚染の帯に覆われた地域で、特に群馬県は全国有数の農産地として知られる。夏秋キャベツ、キュウリ、コンニャクイモの収穫量は全国1位。生乳や生しいたけの生産量は全国2位を誇る。首都東京は居住空間だけでなく、食の面からも放射能汚染の危機にさらされているようだ。