2007年にアメリカで公開された映画"DADDY'S LITTLE GIRLS"。
内容は、黒人で車の修理店で働く3人の娘を持つシングル・ファーザーが、3人の娘の面倒を見てもらっていたお婆ちゃんが亡くなってから養育権が薬の売人と再婚した元妻に移り、それを取り戻す為に奮闘するというハートフル・ストーリー。
地味な黒人映画とあってか結局日本では未公開に終わってしまったが、ソウル・ファンにとっては映画内容以上にサウンド・トラックに注目が集まった。

そのサウンド・トラックの収録曲はこんな感じ。

"Tyler Perry's Daddy's Little Girls - Music Inspired By The Film"

1. Struggle No More (The Main Event) - Anthony Hamilton / Jaheim / Musiq Soulchild
2. Don't Let Go - R. Kelly
3. Greatest Gift - Tamika Scott (ex.Xscape)
4. Brown Eyed Blues - Adrian Hood
5. Family First - Whitney Houston / Cissy Houston / Dionne Warwick
6. Step Aside - Yolanda Adams
7. I Believe - Brian McKnight
8. Daddy - Beyonce
9. Struggle No More - Anthony Hamilton
10. Blood Sweat & Tears - Governor
11. A Change Is Gonna Come - Charles "Gator" Moore (ex.Transitions)

1曲目から、アンソニー・ハミルトンとミュージック・ソウルチャイルド、そしてサム・クック・フォロワーのホギー・ランズの孫にあたるジャヒームによるコラボかと思えば、R.ケリーにホイットニー・ヒューストンやビヨンセとメジャーどころがずらり。
注目は、それらのメジャーどころをおさえてサム・クックの"A Change Is Gonna Come"でトリを務めるチャールズ(ゲイター)ムーア(Charles "Gator" Moore)。
レイ・チャールズとサム・ムーアを足したような初めて目にする名前のシンガーで、誰ですかそれ?状態(^_^;)
しかし、今回取り上げるこのチャールズ・ムーアが中々に素晴らしいサム・クック・フォロワーだった。

チャールズ・ムーアは2001年に男性コーラス・トリオのザ・トランジッションズ(The Transitions)に在籍し、デビュー・アルバム"Back In Da Days"をリリースしていた。
しかし、3人とも歌唱力があり年配のソウルファンに好まれるタイプのシンガーだったにも関わらず、プロデューサー陣が作り出した中途半端な楽曲により、懐古ソウルと流行との融合が上手くいかなかったようで、メンバーの良さが引き出されないまま、グループでの活動は終わっているようだ。

その後、チャールズはアトランティックと契約し、ソロとしてデビューすることが決まり、その第一弾として久しぶりに歌声のお披露目となったのが映画"DADDY'S LITTLE GIRLS"でのサム・クックのカバーだったというわけだ。

Charles "Gator" Moore Singing "A Change Gonna Come For "TEAM CADEN MAN"

上の動画の中では"A Change Is Gonna Come"を歌う前に、サム・クックがソウル・スターラーズで歌ったゴスペル"Touch The Hem Of His Garment"も披露している。
以前から"A Change Is Gonna Come"のカバーは難しく、歌い方や抑揚を現代的に変えて歌われることが多いと感じていたが、このチャールズ・ムーアのカバーは今までにないくらいオリジナルに対して忠実に歌われていて惚れ惚れしてしまった。
高音域まで高らかに伸びる声量とビブラート、紙やすりのような程よいざらつきをもった声質はサム・クックをカバーするのにはうってつけの歌声だ。
彼自身、サム・クックの曲をゴスペルからポップスまで相当聴きこんでいたように感じる。


Charles "Gator" Moore - A Change Is Gonna Come" ( Ribs and Soul Fest Detroit 2009)

2009年に彼の出身地でもあるデトロイトのステージで同じく"A Change Is Gonna Come"を披露している映像だが、歌う前のMCも饒舌で、この辺りもサム・クックと同じ素質がチャールズにも備えられているようだ。


HOLD ON I'M COMING featuring Lathun Grady and Charles "Gator" Moore

やはりこの辺りの年代のソウルが好みとみて、レイサン・グレディと一緒にサム&デイヴの"HOLD ON I'M COMING"も楽しそうにカバーしている。
ムーアというだけあってサム・ムーア役なのだろうか?(笑)


Charles "Gator" Moore as Sam Cooke - You Send Me

ハスキーなソウル・シンガーがサム・クックの曲をカバーした時に感じることは、アップ・テンポの曲やゴスペル曲は器用にカバー出来るのに、いざこういう"You Send Me"のような歌唱力をとわれるゆったりめの曲を歌い出すと苦手だったりすること。
その点このチャールズ・ムーアはどちらもそつなくこなしている。
この曲でバックの音が少し走り気味なのにたいしても、ちゃんと適応できていて崩れないのも見事だ。
ストリーテラーと言われたサムのステージングの所作まで意識して行っているように見える。


Charles "Gator" Moore as Sam Cooke - How Far Am I From Canaan

圧巻だったのがソウル・スターラーズを彷彿とさせるこの"How Far Am I From Canaan"。
もう歌い方だけでなく、声色までサム・クックに似させて歌うチャールズはサムが憑依したのではないかと思えるほど圧倒的な声量で押し寄せてくる。
この会場にいたなら鳥肌を立て、他の観客と一緒に歓声を上げ、惜しみない拍手を送っていたと思う。
久しぶりに実力のある正統派ソウル・シンガーに出会えたような気がする。


こんなにも素晴らしい声を持ったシンガーではあるけれど、ソロとしての活動も目立ったようなようなことを聞かないのが残念だ。
無理にヒップホップ路線でいかず、サム・クックなどのカバーで活動できるなら歓迎だけれど、完全に懐古的なソウルだけで今の時代を乗り越えていくのは難しいかもしれない。
だからといって前回紹介したウィリー・ウォーサムのようにチャールズ・ムーアの生まれ育ったデトロイトの教会でゴスペルだけを歌うにはまだ若すぎる。

自身のヒット曲を引っ提げて来日する日を楽しみにしていたい。

その時は会場に訪れ、アンコールにでもサム・クックの曲をリクエストしようと思う(笑)