$Sam Cooke Taste Hunter


あらためて言うこともないのだけれど、僕はサム・クックが好きだ。。。いや、大好きだ。

そんな僕が今回 「世界にひとつだけの~♪」 と歌いだしたくなるようなブツをハントした。

それは50年前に撮影されたサム・クックの蔵出し生写真。

世代的にか生写真というフレーズだけで興奮してしまうが、それがサム・クックの生写真となると尚更に興奮して鼻息が荒くなる(笑)

たかが生写真、されど生写真。
やはり書籍やネット上で見る画像とは違い、よりリアルにその時の状況を感じることが出来る。

多分もうネガも存在しないだろうし、この世に二枚と存在しないものならば、数あるレコードを一枚ゲットするのとは重さが全然違ってくると思う。
それに最近のデジタルカメラで軽々しく何度もバシャバシャと撮影された中からの一枚と違い、当時のフィルムに写し出された、その一瞬にかけるカメラマンの押すシャッターの重みすら違って感じとれる。
故に貴び重んじる、要はそれだけこの生写真は貴重だと言いたい。

あのABKCO ですら所持していない写真だと思うと、余計に興奮してくる。
考古学的な発見と言わないまでも、サム・クックを知るうえでの数少ない資料と言えそう。
将来的にはサム・クックの流れる喫茶店、ヨーデル・ハニー・サンドペーパーにでも展示でもしようか。。。なんて(笑)

と、最初に余計な講釈をたれて、高価な買い物をした自分に言い聞かせている(^_^;)
なんだかサム・クック・テイスト・ハンターというよりサム・クック・コレクターになりそうな勢い(笑)

もう能書きはいいから早くその写真を見せろ!という声が聞こえて来そうなので、前置きはこの位にして。。。

$Sam Cooke Taste Hunterこの出品者が言うには、今では所有者のいない貯蔵ロッカーの中から出てきた沢山の古いアルバムの一つに、以前の所有者だった"Campbell"(キャンベル)と名前の書かれたものがあったという。
そのキャンベルとはサム・クックの妻、バーバラ・キャンベルのことのようで、サムとバーバラが一緒に写っている写真も数点あったという。

←そのうちの写真がこの二点で、これらは今回出品された訳ではなく、参考写真として表示されていたもの。

これが本当にバーバラのものであるならば、元はサム自身が所有してたアルバムであり、あの二人が住んでいたロスの邸宅に保管されていたものだと想像出来る。

生写真が貴重であるのに加え、それが以前はサム自身が所有してたものだと考えると更に興奮せずにはいられなかった。

サムの写真というのはプロモーション用に撮影されたものや、このようなプライベートで撮られたオフショットが多い割りに、サム・クックとして本来の活躍の場であるステージ上の写真というのが意外に少ない。

しかし今回出品されてたものは、その少ない方のステージ上のサム・クック。

出品者はその時の写真を数点持っていてそれを随時出品していくとのこと。
その中の2枚を今回落札することが出来た。
届いた写真を見てみると、横が25センチで縦が20センチと思ったより大きいものだった。

それはサムがボルティモア(Baltimore)にツアーで訪れ、そこで有名な黒人専用のハコ、ロイヤル・シアター(Royal Theater)でのショウを撮らえたもの。

ボルティモアといえば以前エタ・ジェイムスの訃報の回にも触れたが、サムの活躍した60年代からスラム街が発展し治安の悪化が進んでいて、エタとサムがそこを訪れた時はゆで卵やオリーブ、ピクルスなどを投げつけられて歓待されたという土地柄の場所。

そのショウの開演前の外の様子を撮らえた写真を参考としてUPされていたのがこれ。

$Sam Cooke Taste Hunter

多くのファンの行列に当時の人気の度合いが伺える。

$Sam Cooke Taste Hunterこの日はエタ・ジェイムスとの共演ではなかったが、その時の気になる共演者は、Sam Cooke & Upsetters Band, The Drifters, The Bluebelles, Clay Tyson and Don & Juan の面々。
サムのサポート・メンバーにアップセッターズの名前があるのが興味深い。

出品者はこれがいつ行われたものかネットなどで調べたそうだが、結局分からなかったと書いていた。
で、僕も気になりギュラルニックの伝記を開き調べてみたところ、どうも62年の6月に「ツイスティン・ザ・ナイト・レビュー」というツアーで回った場所の一つだということが分かった。

ダニエル・ウルフの伝記にはこの年の11月に行われたアポロ・シアターのショウで、強力な援軍としてアップセッターズの名前があがっているが、その前の6月から既にアップセッターズとはツアーを共にしていた。

その時のことを知らせる新聞の見出しを、トップ画像に載せたボルティモア・アフロ・アメリカンという黒人専用の地方紙の紙面に見つけたのがこちら。

$Sam Cooke Taste Hunter


これを見るとロイヤル・シアターの看板には書ききれなかったのか、実際にはサムの作ったレコード会社、SARレーベルのシンガーだったジョニー・モリセット (Johnny Morisette)の名前も確認出来た。

伝記には、このショウが終わった一週間後に、誕生日の近かったジョニー・モリセットにサムは赤と金のキャデラックをプレゼントし、彼を驚かせたと書かれている。

開催日が6月の15日と21日の2回に分けて行われ、そこには木曜から金曜にかけての深夜までと告知されていて、あのハーレム・スクエア・クラブで行われたライヴのように、ヘッド・ライナーを務めていたサム・クックは大とりの深夜のセットだったことがここでも分かる。

このツアーに同行することになったアップセッターズは、以前はリトル・リチャードのバックを務め、その後リトル・ウィリー・ジョンのバックを経て、このサムのツアー・メンバーとして収集された。

サムはリトル・ウィリー・ジョンと共演していた頃からハード・ドライヴィングなバック・バンドのアップセッターズに魅了され目をつけていて、彼らが単独行動をするのを見計らって声をかけたという。

彼らは衣装も振り付けもビシッと決め、リトル・リチャード曰く「当時ロードに出ている中で、最もロッキンなグループ」と言わしめている。
アップセッターズは、自分達だけでも十分に観客を楽しませる事が出来たが、テナー・サックスのグレディ・ゲインズ(Grady Gaines)率いるホーン・セクションをバック・バンドとしての仕事は特に際立っていたそうだ。


さて、長らくお待たせいたしました。

その強力なアップセッターズをバックに引き連れて歌うサムのステージングが写し出された1枚目の生写真がこちら。

$Sam Cooke Taste Hunter


そして更にサムをカック大。ドン!

$Sam Cooke Taste Hunter


ん~ん、格好良い。。。

立ち姿だけでここまで決まるアーティストはそうはいない。

サム・クックを筆頭に、10人を超える大所帯の楽団を引き連れ乗り込んだサム軍団の迫力は、そこにいた観客のみならず他の共演者をも圧倒していたと想像する。

スターラーズ時代からスーツを粋に着こなしていたサムの胸元はワイルドに開けられ、険しい表情で指を鳴らすその姿は、まるで父親を模範するように、教壇に立ち信者にプリーチする説教師を連想させる。

向かって右側に見えるグレディ・ゲインズを中心としたアップセッターズのホーン隊も、曲に合わせて手拍子しているのが見て取れる。
彼らはステップも揃えたり、楽器をクルクル回したり、ただ演奏するだけでないパフォーマンスも披露して観客を楽しませていたそうだ。

バックのメンバーは、3本のトランペットと1本のトロンボーン、そしてサックスは6本と豪華なホーン隊を従え、キーボード1台とギター、リズム・セクションに"Bassy"の愛称で呼ばれるベース奏者のオルジー・ロビンスン(Olsie Robinson)に、サムの専属のメンバーであるギタリストのクリフ・ホワイトとドラムスにアルバート・ジューン・ガードナーがいる。  

クリフの指導のもと楽団の調和はとれるようになり、サムが求めていたものがそこでは表現されていたそうだが、初めはアップセッターズのゲインズはその大所帯の楽団にかかるコストを危惧し、大量のチケットを売りさばくか、チケット代を上げるかしないとこのメンバーでのツアーは無理だとサムに伝えていた。
それに対しサムは、「心配することは無い。彼らにはきちんと報酬は支払うし、そんな些細なことでショウのパフォーマンスを落とすことはしない」と、コストよりもプロとしてのレベルの高いショウを観客に見せることを約束していた。
このサムの気前の良さがレコードは売れるのにロードに出るたびに苦しい台所事情に陥る原因だったとも言われている。

そしてハントしたもう1枚の写真がこれ。


$Sam Cooke Taste Hunter


そしてこちらも更にサムをカック大。ドン!

$Sam Cooke Taste Hunter


そこには一人の男性をステージに上げ、サムは上着を脱いで「こっちに来いよ!」と言わんばかりに手招きしている様子が写し出されている。
サムの丁度後ろでギターを弾いているのがクリフで、その隣でドラムを叩いているガードナーがはっきり確認出来た。
これは今回のツアーの前にリリースされた、ツアー・タイトルにもなっている曲、"Twistin' The Night Away"を歌っている場面だと思う。

サムはそれまで全く踊れなかった為にツイスティンをもってロードに出る時はJ.W.アレグザンダーにツイストを教えて貰わなければなかったという。
アレグザンダーを自宅に招き、大きな鏡の前で練習したサムは、このツアーから観客をステージに上げ、今度はサムが彼らにステップを教えるという趣向だ。

ライヴ盤でこの曲を聴くとサムがしきりに"Look!"(よく見て!)と言っているのがそれ。
そして手招きしているような仕草もこのツイスティンのお決まりのポーズで、曲の途中で"Come on Baby!"とシャウトする時のものだと思う。

その様子がよく分かるのが、このジェリー・ルイス・ショウで歌ったツイスティンだ。

Sam Cooke-Twistin' The Night Away


今回のこのツアーに同行したアップセッターズのマネージャーのヘンリー・ナッシュによれば、当時サムは、「ベーシックなライヴ・フォーマットを持っていて、観客に合わせて変化をつけていた」という。
そして観客がサムと一緒に身体を揺らしているのを見届けるや、彼はいきなりヒット曲を雨と降らせて、それから、じわじわと挑発していくという、優れた洞察力を感じたそうだ。

アップセッターズによってレベル・アップしたサムは、観客と一緒にツイストを踊ったりするだけでなく、ステージの端に腰掛けて「ブリング・イット・オン・ホーム・トゥ・ミー」を切なく歌い上げたりと、そのステージは以前にまして、より洗練されていて、より多くのポップ・ヒットを盛り込んでいったという。

そう考えると、よりポップでゴスペル・フィール溢れるあのタフなハーレム・スクエアでのライヴに近いものがこの頃から行われるようになったと言ってもよいのかもしれない。


それから今回落札はしなかったけれど、他に出品されていた写真の画像も紹介してみようと思う。

$Sam Cooke Taste Hunter


この写真は多分、アップセッターズのグレディのソロ・パートの時を撮らえたものだと思うが、グレディがサムのいるセンター・マイクに近づき、それを譲るようにサムはマイクから離れて、小休止するようにハンカチで汗を拭っている。
(左隅に拡大画像)

こういった場面のサムを見るのも珍しく、その行動から熱気に満ちた会場の熱さも想像出来る。


そしてもう1枚の写真がこちら。


$Sam Cooke Taste Hunter


サムはこの頃よくステージから観客席に下り、出来るだけファンに近づこうとしていた。

そのパフォーマンスを知ってか、行く先々では事前にセキュリティから、観客のコントロールが出来ないという理由で、観客の中に飛び込む事を止められていた。
しかしサムは、「歌い方まであなた方に指図されませんよ!」と言ってショウの真っ最中にステージから飛び降りたという。
その後すぐにセキュリティにお尻からヒョイとステージに放り投げられ戻されたと、サムは語ってもいる。

そんな様子が伺えるのがこの写真だ。

興奮しながらサムに近づく女性達や、それを嬉しそうに見つめる男性達。
サムは先ほどのハンカチを片手に、ファンの訴えに耳をかすように「何だい?」というような表情で彼女らを見つめている。
向かって右側にはその様子を警戒しているセキュリティも見える。

ゲインズが言うには、サムと同行したツアーの中でもセントルイスでのショウでは、ステージに興奮した女性達のパンティが乱れ飛んで、帰りのバスに行くまでも警官が15人ほどメンバーの腕をロックした状態で移動させられたというほど派手なものだったようだが、ここボルティモアでのステージを見る限り、街中での歓待ぶりとは違い、まだ大人しいものだったように感じる。

サムはコパのショウを行う以前から、右と左に白人と黒人が分かれて座って隔離されていた観客席のボーダーを取り払っていたが、これらの写真を見ていると、観客席だけでなく、彼はステージと観客席のボーダーまで取り払っていることが分かる。
大袈裟な言い方をすればサムを神に見立てて、ステージを降りる姿は聴衆からすればそれは神の降臨であり、ステージに観客を上げる様子はゴスペルの歌詞のように、彼らをチャリオットに乗せ自由の地へと誘っているようにも見て取れる。

そんなことを改めて感じさせてくれた今回の写真たちに、よくぞ出てきてくれたと感謝したい。

その後のアップセッターズは、65年に再びリトル・リチャードのバックを務めており、その時はジミー・ヘンドリックスも加入していたが、リトル・リチャードより目立つということで、6ヶ月で脱退。
実はその前にも64年の12月のアトランタ公演を最後にサム・クックとツアーを回っていたアップセッターズは、サムがビジネスの為にロサンゼルスに戻っている間に単独で短いツアーを行い、2週間後にまたサムとマイアミで合流する予定だったという。
しかし、そのロードの最中にホテルのテレビで、彼らはサムの訃報を聞きショックを受けたと語っている。
サムが亡くなったハシエンダ・モーテルはアップセッターズのロスでの定宿だったそうで、何か因縁めいたものも感じていたそうだ。。。


話がだんだん暗くなってきたが、そのアップセッターズのマネージャーであるヘンリー・ナッシュは、ショウの後のサムについてこう言っている。

「サムが本当にいい音楽を聴きたいと思った時には、ステージがはねた後に、最高にファンキーなジョイントに行くのが常だった。ダウン・ホームなリズム&ブルースを聴きにね」 

きっとこのボルティモアの夜も、真夜中のセットが終わった後に朝までサムは飲み明かしていたんだと思う。。。


しかしほんと珍しいものを手に入れることが出来て感無量。
今回の出品者もまだ何枚か出品予定とのことなので、新しい画像が上がれば追記していこうと思う。

そそ、何でも今日のニュースでエルヴィスのブリーフが見つかり、120万円ほどで売りに出されたそう。
後後、黒いエルヴィスと呼ばれたサムのブリーフも出てきて、仮にそれを手に入れたりしたらどうなるだろう。。。

それを手に取り、穴があくほど眺め、ニタニタと笑ってしまうだろうな。。。

いや、そんな姿を近所の人に見られたりしたら人格を疑われるのでそれは手に入れない方が良さそうだ(-_-;)

ま、精々こんな写真と音楽を肴にお酒でも呑みながら、サム談義が出来れば言うことないです、はい(笑)