$Sam Cooke Taste Hunter

サム・クックの伝記映画化でのサム役を、年齢を問わずに票を集めると、まず一番人気になるのはディンゼル・ワシントンだと思う。
しかし仮にサムが亡くなって直ぐに映画化が決定していたとしたら、そのサム役には間違いなくこの人、シドニー・ポワチエ(Sidney Poitier)であっただろうと想像できる。

サム・クックより四つ年上のシドニー・ポワチエは現在84歳。
人種問題を浮き彫りにした作品に多く出演し、黒人では初めてアカデミー主演男優賞にノミネートされた黒人俳優のパイオニア的存在であり、知的で聡明な顔立ちは、どこかしらサム・クックを連想させる部分がある。

お盆前の忙しさや息子の夏休みモードで、じっくり音楽鑑賞してブログを更新する時間が取れない中、ダラダラとこのサム・クックを感じられるシドニー・ポワチエの作品を観ていた。

今回選んだ作品は、サムがポップスに転向し始めた時期である58年の作品『手錠のままの脱獄(THE DEFIANT ONES)』と、それから10年ちかく後の67年に公開された『夜の大捜査線(In the Heat of the Night)』の二作品。

古い作品ではあるものの、まだ観られてない方も多いと思うので、出来るだけネタバレしないようにこの二作品をサムと関連付けてみていこうと思う。

この二作品を選んだのは、出来るだけサムが生きてきた年代に近い作品であることと、双方共にアメリカの南部が舞台になっているので、スパイク・リーがディンゼル・ワシントンを起用して『マルコムX』を作ったように、わざわざ当時の情景を映し出してきたものとは違い、当時の街の雰囲気から服装や物にいたるまでそのまま感じれることが出来るから。

そしてシドニー・ポワチエの役柄が対照的であること。
『手錠のままの脱獄』では囚人を、『夜の大捜査線』では刑事役をと幅広い演技力も見ものだった。

その演技力が買われたのか『手錠のままの脱獄』でポワチエは、アカデミー主演男優賞にノミネートされている。

この『手錠のままの脱獄』は、白人の囚人役であるトニー・カーティスと黒人の囚人役であるポワチエが一メートルほどの鎖に繋がれた手錠を付けたまま護送車から脱走するというもの。
設定的に最初はこの白人役にはエルビス・プレスリーを使い、黒人役にはサミー・デイビス・ジュニアを使うという構想があったそうだ。
確かにこの映画の冒頭で、シドニー・ポワチエが護送車の中で下手な歌を陽気に歌うシーンがあるのだけど、その歌詞の中にはこの映画が公開される一年前にヒットしていた「監獄ロック」という言葉が出てくるので、まんざら嘘でもなさそうだ。

$Sam Cooke Taste Hunter黒人が脱走というと、奴隷制によって苦しめられていた黒人が自由を求めて北部へと逃げていったこととリンクした。それを表すかのように、その歌詞の中に奴隷州であった「ケンタッキー」という言葉も出てくる。


はるかかなたへ行っちまった  彼は幸運なやつ

はるかかなたへ行っちまった  ケンタッキーへ

懐かしのナッシュビル  俺はなんてザマ

20年も鎖につながれ監獄ロック

メンフィスの判事が入れやがった

今度ツラ見たら息の根止めてやる ・・・


最後まで見終わってみると、結局その冒頭で陽気に歌われるポワチエの歌が、この映画の重要なキーワードとなっているように感じたのだが、これはサム・クックが常にどんな逆境の中にあろうとも希望の光となるような明るいポップスを歌ってきたということを知った今だからこそ感じることであって、そういう黒人達の強さを知らずに、あの下手な歌を聴いていたら何も感じなく過ぎていただろうと思った。

鎖に繋がれた囚人というと、真っ先にサムの『チェイン・ギャング』が頭に浮かぶが、ロード中に見た囚人をイメージして作られたこの曲も、当時話題であったこの映画『手錠のままの脱獄』を見たであろうサムは、このポワチエの歌に何かしら影響を受けたのではないだろうかとも考える。


$Sam Cooke Taste Hunterそして対照的なもう一つの作品である『夜の大捜査線』。
こちらの冒頭では映画の音楽を担当したクインシー・ジョーンズが選曲した、映画の原題であるレイ・チャールズのヒット曲"IN THE HEAT OF THE NIGHT"で幕を開ける。
このブルースをバックに夜行列車がミシシッピ州にある小さな町駅に到着し、その列車から一人の黒人シドニー・ポワチエが降りてくる。
そんなシーンだけでもゾクゾクしてしまうのは、その曲に、その街に、その人物に憧れを抱いてしまっているせいかもしれない。
この映画でのポワチエは、北部のエリートである殺人課の敏腕刑事。
ポワチエはマイアミ出身ではあるものの、真面目な性格だそうなので、囚人役よりこちらの方が合っているように感じる。
スーツ姿で品のある面持ちは、やはりサム・クックと重ねて観てしまった。

ここでのもう一人の主役は夜行列車が着いた小さな田舎町の白人警察署長役のロッド・スタイガー。
田舎町ほど黒人を蔑む傾向が強いのか、この警察署長も自分より高給取りのポワチエには手厳しい。

劇中で時折観られる60年代のミシシッピ周辺の街であったり、サムがコパのテネシー・ワルツの歌詞を変えて歌った「コットン・ピッキング(綿摘み)」の風景が味わえて、ぐっとその時代とサムに近づけたように感じた。
そのシーンで白人署長のロッド・スタイガーが北部からきた黒人刑事のポワチエに向かって、「お前には縁のない風景だな」と皮肉ったセリフが印象的だ。


先にふれた『手錠のままの脱獄』でもこの『夜の大捜査線』でもいえることだが、白人が黒人のポワチエに対して差別的な発言をするシーンのでは、ポワチエは決して反抗的な発言はせず、その度にジッと黙って、視線をその白人に向けるだけだった。
この静かな演技だけで観客は黒人側のポワチエに感情移入できただろうし、色々なことを考えさせられる。
その相手に屈しない態度に徐々に白人側が心を開き、お互いの素性を明かし始め、しいては鎖よりも硬い絆で結ばれた友情となっていく・・・。

少しネタバレぎみになってきたが、そんなサム・クックが求めてきた白人とのクロス・オーバーがこの両作品には感じられ、とにかく鑑賞後は何とも気持ちよく清々しい気分になれた。
公民権運動が盛んなこの時代によくこんな作品が出来たなと感じたが、そんな時だからこそ出来た作品なんだなとも思い、さすがに両作品ともにアカデミー賞を受賞されるだけの作品であるなと納得した。
もう途中からはシドニー・ポワチエをサム・クックとして観ていましたからね(^_^;)


今回は夏休みとあってシンガーではなく、俳優からサム・テイストな人物の紹介でしたが、もう一つ、ついでに作家さんからサム・テイストな人の作品の紹介なども・・・。

その作家とは、あの村上春樹。

$Sam Cooke Taste Hunter村上春樹氏がananに連載されているエッセイをまとめた『村上ラヂオ』の第二弾『おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2 』が発売され、その中でサム・クックの話が出てきている。
今回の『村上ラヂオ2』には、村上氏がアメリカの大学に通っていた頃の話から、大学のジムのロッカー・ルームで一人だけになったと思い、思わずサム・クックの「ワンダフル・ワールド」の出だし"Don't know much about history♪”と歌ったところ、反対側のロッカーから"Don't know much biology♪"と、その続きを歌う声が聴こえてきたそうだ。
その時に改めて自分は今アメリカに居るんだと実感したという。
以前にも著書『ダンス・ダンス・ダンス』の中で、サムの「ワンダフル・ワールド」が出てきていたが、村上氏はサムの曲の中でもこの曲が好きなようで、なんでもこの曲を聴くと恋をしたくなるそうだ(笑)
この事が書かれている回のエッセイは中々興味深く、ポール・マッカートニーとジョン・レノンのそれぞれのソロ活動の違いや、「ワンダフル・ワールド」にも表れている韻を踏む気軽さが村上氏なりの見解で述べられていて面白かった。
他にも村上氏はダウンロードやCD には興味がなく、レコードしか買わない『ビニール・ジャンキー』だということも書かれていたり、音楽好きな方にも楽しめるエッセイが幾つかあるので是非一読を。


では、最後はジョークたっぷりなサム・クックの囚人姿で・・・ん~ん、やっぱり似合わない(^_^;)


$Sam Cooke Taste Hunter