こんにちは。
夏休みがもう終盤ですね。
高校野球が終わり、近所の地蔵盆も終わり、暑さも幾分和らいで、何だか秋の気配がします。
この夏は抜歯と療養(大げさ)で、帰省できませんでしたし、遠出もせずに何だかこのまま夏休み(といっても子どもの)が終わってしまうのかと、残念。

そんななかで、「アカン、この夏何か頑張った軌跡を残そう」と読んだ石原慎太郎著『太陽の季節』
信州読書会さんのツイキャス読書会の課題図書でした。

過激な青年の、いっときの青春の気まぐれのようなお話。読んでいてもなかなか文に馴染めず、英子がいろいろけなげだから、やっと気持ちが入り込めそう⤴︎と思ったら、思いがけない英子の死で一気に⬇︎。
若い女性が亡くなってしまうお話しはツラい!そして竜哉はわけわからん(笑)。
複雑な気持ちの残る読書体験でした。


『太陽の季節』読書感想文


(引用はじめ)

 

女、取り引き、喧嘩、恐喝と彼等の悪徳が追及される題材は限りが無い。それは決して、若気の至りなどというものではないのだ。恐ろしく綿密に企まれた巧妙極まりない罠があった。人々はこれに、唯若年と言う曖昧なヴェールをかぶせ見て見ぬふりをするのだ。(新潮文庫p35)


(引用終わり)

 

竜哉は何事においても過激にやり尽くそうとする。触れるものすべてを破壊するくらいのエネルギーを放出している。

英子とのやりとりは、まさにそうだ。

読み手の私には、竜哉も英子も、お互いを思いやるというあまりにも知らないように思える。いったん体を求めあうことを覚えた2人だが、行動はますます過激にエスカレートしていく。二人がひたすら求めたものは何だったのか誰かを信じたいけれど素直に受け入れられない葛藤だったのか。

竜哉はあまりに無敵で無鉄砲で奔放だ。

英子は、暗い過去があっても少しずつ竜哉を信じ、自分を委ねようとする姿が不器用でけな気だ。無垢さを感じる。しかし、けな気さの裏に待ち受けていた突然の英子の死はもろく、儚い。

英子の葬式の時に、ただ破壊行為でしか自分の気持ちを表現できなかった竜哉だった。英子は取り返しのつかないことになってしまった。若気の至りでは済まされない。英子とその遺族がただただ痛々しい本気で、残酷な、青春。

 

小説を読み終えて思った。令和の今、若者にこんな青春を味わえる余地があるのだろうか?

竜哉の時代と今は社会を漂う空気が随分違うように思える舞台になっている時代は将来のこととか周りの人のこととかあまり考えずに自分だけの青春を謳歌できたんじゃないかなあと思う。

タピオカ、引きこもり、同調圧力、薬物、あおり運転、京アニ・・・。作者はどこまで今の青春を理解できるだろう?

カジノを推進するようなトレンド感ではとてもじゃないけど今の若者の思いに寄り添うことは無理じゃないかと思ってしまう。

 

おわり



ご訪問いただきありがとうございますおねがい

素敵な週末をお過ごしくださいブルーハーツ


こんばんは。

気がつけば退院して8日経ちました。
痛みとの戦いで、地味にハードな毎日です。
ロキソニン飲みすぎやなぁ…というか、なしでは耐えられません。
このままだと肝臓に悪いと昨日ロキソニンやめてみたのですが、17時に4箇所四重奏のズキズキでギブアップ。寝込んでしまいました。
歯を抜くのがこんなに大変なこととは思いませんでした。手術終わったらなるようになると思っていたのですが、トシのせいもあるのかな。

仕事を12日も連続で休んだのは初めてで、あさってから不安です。
台風の日以外は、半日は外に出て気持ちを外に向けているのですが、それにしてもランチで食べるものがありません。
痛み止めが効いているときに、「それっ」と何か口にするのですが、前歯上下4本で噛んでいますのでホンマに不自由です。ショッピングモールのフードコート…マクドナルドのコーンスープをあてにしていたのですが販売されてなくて。オムライス屋さんのドリアも濃いソースやチーズが入っているので歯磨きが大変なため避けています。結局、プリン🍮。

そして今日は美容院へ。いつものカットとカラーが超ハードに感じました。とくにシャンプー。触ってほしくないこめかみから下をなるべくやさしく、やさしく…とお願いしたのですが、こんな状態で行くのも悪かったなあ。あさって身なりくらいは整えて出勤したかったもので。おかげさまでスッキリしました!
帰りに欲を出して寄ったパスタ屋さんでスープとケーキを食べました。
ピーチのムース🍑
お水が冷たくて歯に染み渡る〜
久々に食べたケーキに胃がビックリして、帰ったらトイレに駆け込みました( ;∀;)

明日は、週明けの抜糸と溜まった仕事を忘れてアンナカレーニナを読了するぞ!

ご訪問いただきありがとうございますおねがい
素敵な週末をお過ごしくださいブルーハーツ




こんばんは。

7日に親知らず4本抜く手術、9日退院、その後5日経過しました。4本の抜歯跡があちこち順不同に痛むので、ロキソニンが離せません。仕事を休ませてもらっているので、何とかしのげています。

入院の2泊3日を思い出していました。
今回の入院が幸いだったのは、尿カテーテルをしなくてよかった点です♪
以前帝王切開の時尿カテーテルが激痛で以来トラウマに。今回手術に踏み切れたのは何を隠そう麻酔医から「今回は尿カテーテルなしでいきます」との言葉があったから。(「そこかい!」とツッコムところ。)

手術が終わり、麻酔から完全に醒めるまで体を起こしたらダメとの事で、横になって2時間くらいすごしたのですが、その間点滴しているのでトイレに行きたくてたまらないー
ナースコールで看護師さんを呼び、尿瓶を当ててもらったのですが・・・出ない!
看護師さんに羞恥心抱いてどうするんだ、と葛藤しつつ、出ない、苦しい!
看護師さんが「私がいたら出にくいかも」と、娘に代わってくれて、やっとの思いで、
「ホー!」

そんなことがあと3回。娘がスタンバイした尿瓶はほとんど意味をなさず、超大型フラット紙おむつで受けている始末…。

いいのだ、出すもの出せたら。
ここは病院なんだから。
といった調子で、一番苦しかったのが歩いてトイレに行けなかった間でした。


無事歩いてトイレに行けたときの喜びは、筆舌に尽くしがたいです。夜中も抗生剤、痛み止めの点滴の間3回トイレに行きました。トイレに一番近いベッドで幸いでした。

そして、ジンジン痛んでくる歯。
「左下奥はかな〜り顎の骨を削ってますし、右頬骨は貫通してますから、あまり激しく鼻をかまないでくださいね。」と、執刀医に普通に言われ、ちょっとたじろぎました。

そういえば、執刀医の先生に術前挨拶され、この人は男か女か複雑な思いを胸にオペ室に入ったのを思い出しました。後でフルネームを知り、女医さんだとわかったのですが。

以上、入院の回想でした。(またもや一方的な)

明日は台風の影響が大きいみたいで、警戒体制です。


ご訪問いただきありがとうございますおねがい
素敵な一日をお過ごしくださいラブラブ

こんばんは。

今日午前中に親知らずを4本抜く手術を終えました。
3日入院します。

お正月に顎の関節が痛くて食べられなくなり、歯医者によると長年の噛み合わせの影響で、治療には歯列矯正が必要とのこと。その前に、親知らずがあると矯正できないので抜きましょうと。

もともと私の親知らずは4本のうち1本は歯茎から中途半端にのぞいていて虫歯のリスクが高い、1本は斜めに生えて埋没しているが、加齢に伴い歯茎がやせると隙間ができて虫歯のリスクが高い、2本は完全に真横に向いて埋没している。「最悪の生え方」と言われ続けてきました。

一番虫歯のリスクが高い親知らずがかなり顎の神経に近くて、チームカンファレンスの結果、抜歯は術中の苦痛を考えて全身麻酔が良いでしょう、どうせやるなら高齢になった際のリスクを考えて4本やっておきましょう、と。

一度はひるんで「やっぱりやめときます」と言いに行ったのですが、いずれ虫歯になると隣の歯も虫歯になって、最悪2本抜くことになるよ〜、あなたの場合は今のうちに抜いておくのが無難、ということで…。子どもが夏休みのうちにトライすることにしました。

「今から麻酔入れます…」
意識がもうろうとして、その後は記憶なし。「無事終わりましたよ!今から病棟に行きますね、抜いた親知らずお渡した方がいいですか?」という声で意識が戻りました。
私はしきりに「ありがとうございました」を繰り返した後、「歯をください」と言ったらしいです(笑)

後でドクターが歯を持ってきてくださり、恐々見たら
4本のうち2本は4分割されていました。


一部顎の骨を砕いて歯を抜いたそうですが、私知らなかったのですが、骨って再生するそうです。ホッ。

はぁー。とにかく無事に終わりました。

一方的に近況報告でした。

ちなみに顔面が腫れてハム太郎状態です。

この機にアンナ・カレーニナの読書がちょっとは進んだらいいなあ。


ご訪問いただきありがとうございますおねがい
素敵な夢が訪れますようにイエローハーツ




こんばんは。
この時間テレビは選挙一色ですね。

読書日記です。
堤未果『日本が売られる』

理由あって読みました。
分厚い新書で、冒頭からヘビーな内容の連続です。
遺伝子組換食品、TPPは精神科医の内海聡氏の影響で2013年頃に氏の本を読み漁りました。子どもの健康に関する内容なだけに、子育てに漠然とした不安を覚える日々に、氏はネット上ですごい情報拡散していて、気にせずにはいられませんでした。その後、3年ほどはネット上の情報はあまりに過激な気がしたので距離を取っていました。
そんな時、内海氏が発信していたネオニコチノイド系農薬の危険性について、地元の自然観察会でミツバチが激減している理由として普通に学びました。その時感じたのが、自分がどの情報をどう扱うのかの難しさです。リアルな話し相手が少ない自分はネットの情報が心の中に進入しやすい。内容の信ぴょう性の確認ができず不安や疑問を沸々と抱えたままではメンタル的に良くないため、リアルな人とたくさん雑談することが大事だと感じました。

しばらくは社会の裏側的な情報を見聞きすることが嫌になり、目も耳もふさいできたのですが、子育ての現場ではいろんな暮らしづらさを感じざるを得ないし、アラフィフになりつつある今、政治も知らないと職業人としてもイケてないのではと考え直しつつあります。

そういうプロセスのある自分にとって、本書は孤独な子育てに苦しんだ当時に社会へ抱いた不信感を思い起こす、結構キツい読書体験でした。
私が一番気になるのが食糧自給率の低下、自国の酪農や農業、漁業が保護されない現状です。 餌の8割を輸入飼料に依存している肉や卵乳製品などは、経済摩擦や地球温暖化、自然災害などでアウトになるという点。
一点、57ページの自閉症、広汎性発達障害の発症率と単位面積あたり農薬使用量のグラフについての説明がないのが気になりました。ナイーブな内容なので丁寧な説明がいると思いました。

著者は「今だけカネだけ自分だけ」の四半期利益優先経済への警笛を鳴らします。
豊かな土壌と水や介護、医療や社会保障など、先人が守り作り上げてきたものを見つめ直し、自分が恩恵を受けたものは子ども達にも引き継いでいくのはやっぱり大人の課題だなあと感じました。


ご訪問いただきありがとうございますおねがい
素敵な夢が訪れますようにラブラブ

こんばんは。
雨が続いていますね。
子どもは夏休みに入りました。毎日学校に行かなくていいのが嬉しいそうで、とくに終業式が終わったその日は宿題のことを忘れて思い切り気持ちが解放される瞬間だそうです。あー羨ましい!

昨日久しぶりに信州読書会さんのツイキャス読書会に参加しました。課題図書志賀直哉『城の崎にて』は、なんだか暗いトーン…。
でも、生きるということを考えさせられる内容でした。


『生きることが命題』

死ぬまでの間痛みを伴うのが怖い
死ぬまでの間苦しみ続けるのが怖い
苦しむくらいなら安楽死させてよと参議院選挙候補者は言う
安らかに死ぬことは権利だと

小説の「自分」は事故による死を免れたが、脊椎カリエスになるのが怖い。その恐怖を抱えながら生きている。
そんな療養中に出会った生き物たち。蜂も鼠もイモリもみんな死んでいった。死ぬまでただひたすらもがき苦しみ続けた。彼らにとって生きることが命題であるから。
もともと、死ぬことは誰にも免れない。そのことを生き物たちは教えてくれる。死はあこがれや幻想ではなく誰もが通る道だと。

「自分」は、出会った彼らのどの死にも寂しみは感じるものの、ひるがえって自分が生きる気持ちを奮い立たせるまでには至らない。死を潔く選ぶのでもなく、かといって生きていることに喜びを感じ前向きな気持ちになれるわけでもない。そんな自分に失望している。
しかし「自分」は気づいている。脊椎カリエスをまぬがれたいという気持ちを抱えて確かに存在する自分に。結局「自分」も蜂のように死んでいくことを避けることはできない。いずれは青山の墓地に冷たく横たわるのだ。

自分に失望する苦しみに読み手の私も共感する。生きているのか死んでいるのかわからない人間だなあと自分のことを思う瞬間がある。社会に役に立っていないとか、生きがいが持てないとか、生きることから逃れたい言い分はたくさんあるから。

この小説は何を表現しようとしているのか?暗いトーンで平行線をたどるような、出口のない印象だが、前向きに解釈しようとすれば、3匹の生き物たちは「自分」に¨生命を宿した者は息がある限り生きるのだ¨という命題を突き付けた。そして自分も生かされている多様な生物の一部であるとの気づきを得たのではないか。と考えられるのではないか。。
前向きに生きるとか、生きていることに感謝するとかそういうことではなく、ただそこにある生命をあるがままに受け入れるということ。

重ねて書くが、読み手である私自身生きることから逃れたい言い分がたくさんある人間だ。
けれど嘆く必要はないのだと登場する生き物たちが教えてくれているのかもしれない。「あるがままを受け入れろ」
しかしなかなか難しい。気が晴れない。なぜなら私も死が怖いから。自分ではコントロールできないものだから。命題に向き合うのが怖いから。
                                         おわり


ご訪問いただきありがとうございますおねがい
素敵な週末をお過ごしくださいブルーハーツ

日曜日が終わります。


本棚が、もう一杯です。

読んでないくせに。

一つの本棚に、積ん読書籍がもう一杯なのです。

あふれて部屋の床に置いているので、布団を干す際邪魔になります。


もういい加減にしないと処分するぞーと背後から聞こえてきましたため、自分へのクリスマスプレゼントに昨年kindle paper whiteを購入しました。


それで、電子書籍が出版されている本は電子書籍を選ぶようになりました。

俘虜記も。電子書籍でているんですね。

結局kindleの端末で読むことはあまりなく、スマホで読むことが多いのですが、使い勝手はあまり良くありません。ページが紙の書籍と違うため、「何ページの何行目」という表現ができません。これがイタいです。  

リアル読書会でも一度使用したのですが、パラパラめくって「この辺りの表現が…」という話についていけません。特にkindleの端末は反応が遅いので、スマホじゃないとついていけません。けれど読書会中にいらんメールが入ってくるので集中できません。


ちなみに、読み進めているのが全体のどの辺りかはパーセンテージで出てくるので、まだ救われるのですが。


信州読書会さんのもうちょっと先の読書会課題図書『アンナ・カレーニナ』を文庫にするか電子書籍にするかめちゃくちゃ迷いました。

結局世界の名作という事で、文庫にしました。

今、遅ればせながら『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んでいるのですが、これは電子書籍でもサクサク読めます。古典じゃなければ電子書籍でも何とかなりそうです。


結局、本を置く場所があれば解決するんですがね。

狭小住宅では仕方がないです(苦笑)。


ご訪問いただきありがとうございますおねがい

素敵な夢が訪れますようにブルーハーツ

 


 

 

 

 

 

久しぶりに、更新です。

昨日四条河原町に行きました。
時々無性に京都に行きたくなるのです。
現実逃避です。時に全く自分の生活と関係のない場所に行きたい衝動に駆られるのです。
何も行き先がないのも気がひけるので、丸善京都本店へ。
20年ぶりでしょうか…。

丸善京都本店と言えば梶井基次郎『檸檬』の舞台だということを、行って気がつきました。

丸善創業150周年で、小説『檸檬』の万年筆、ペンケースが販売されていました。
店頭には各社の『檸檬』文庫本がたくさん並んでいました。

今では檸檬手榴弾テロがいつ起こってもおかしくない時代になってしまいました。

書店の印象…とにかくすごい情報量だなあと圧倒されましたが、整然と並んだ書籍の山になんだか知の重みが感じられないです。本がペラペラだからでしょうか。何百何千何万の人たちの叡智が、勿体無く感じられます。書籍が薄利多売に見えてしまいます。何を手に取ったらいいのか。
自分のお財布の都合で、確実な一冊を選びたいと思ってしまうのは悲しいサガです。ただでさえ狭いマイ本棚という事情もあり、気になった本を大人買いというわけにもいかず。

寂しいのは資格本だらけの医療福祉コーナー。
最近の学生はよく勉強すると今度講演の講師になって頂く大学教授が言ってました。授業の合間に社会福祉士の資格取得の対策勉強会もしていると…。
勉強って、何だろうって思ってしまいます。
古典が置いてないので、福祉とは?とそもそも問う人への材料が少ないように感じます。売れない本を置かないのは図書館じゃないから仕方がないですかね。

以上、思いつくままでした。


ご訪問いただきありがとうございますおねがい
素敵な夢が訪れますようにブルーハーツ
こんばんは。


今日は、岡山読書会yuukiさんとの読書会『おんな読書庵』をご視聴いただき、ありがとうございました。

課題図書夏目漱石『門』は、信州読書会さんのツイキャス読書会直後ということもあり、今日の読書会でじっくり振り返ることができました。
宗助と御米に、yuukiさんから喝が飛びましたね!「どんな経過があったにしても、せっかく一緒になったんなら、幸せに向かうように努力しなさい!」
あれ、よかったです‼︎
屏風やブランコのシーンなどいろんなエピソードが織り交ぜられていて、じんわりと味が染み出てくるような感じでした。

女性の方にたくさんコメントいただいて、励みになりました。
そして、岡山読書会yuukiさん、ありがとうございました!

あまり話がうまくできないので、お聞き苦しいところもあったと思います。復習しよう…(^^;;


録音は、yuukiさんのこちらのページから

また、懲りずに聞きに来ていただけると嬉しいです。


ご訪問いただきありがとうございますおねがい
素敵な夢が訪れますようにラブラブ







こんばんは。

土曜の夜ですね・・・すぐに過ぎてしまいますが。


今日は、夏目漱石『門』の読書感想文です。昨夜の信州読書会さんのツイキャス読書会の課題図書でした。たくさんの方が感想文を出していらっしゃいました。私は初読でしたが、話の流れの展開とか、すごい小説だなあと思いました。というか、小説って人間のすごい知的産物なんだなあと感じさせられた読書体験でした。

 

 

『門は目の前にあろうと』

 

お互いに惹かれ合う心は自然な感情だと思うし、二人にとっては困難を乗り越えて結ばれたことはその時のなりゆきで仕方がないことのようにも感じるが、私の想像以上に世間は宗助と御米に冷たかったようだ。何より残酷だと感じたのは3人の子どもを失ったことだ。特に御米の気持ちを思うと、あまりにも痛々しい。子どもが無事に育っていれば二人は前に進めたかも知れない。月日が経つ中で、元の成り立ちは過去のこととなり、子どもの成長という未来に気を向けられただろうと。

他に集中できる日日の仕事にも打ち込まず、ただ自分の心との戦いがこんなふうに長期戦になり、自分を苦しめることを若い二人は想像できなかっただろう。私は二人をとても気の毒に思う。

 

宗助が寺の門をくぐることを思いついたことに、私は安堵し、何らかの救いの道を見出せるのではないかと期待した。けれど、宗助は寺で自分が成すべきことにあまり集中できなかったようだ。決して平たんではなかったことを、寺の老師に、宗助はなぜ自分の心に余りある罪悪感を打ち明けられなかったのだろうか?せめて寺にいる間は御米のことは忘れて、恥をかき捨てて、話せばよかった。老師が無理なら宜道にでも食らいついてみればよかっただろうに。

「どうせ生きるのなら坂井のように明るく快活に生きていたい。」そんな本音を話せばよかった。それができなかったのは、宗助がすでにもう本音を見失っていたからなのか。

『もっと、ぎろりとした所を持ってこなければ駄目だ』長らく自分の感情を解きほぐすことなく蔵の中にしまい込んでそのままにしていたその怠惰を、老師は厳しく戒めたのではなかったのか?

 

御米は宗助の方を向いて生きていくしかないのだから、宗助が悟りを開けなかったことの責任は重いように私には受け取れる。けれど、二人に春の季節は変わらず訪れたように、世間の仕打ちを十分に受けた二人だから、これからをどうするのかは誰も異論をはさむことができないのも確かだ。

ただ、二人がそれで幸せかどうか。そこが、とても大事なことのように私には思える。

 

                                    おわり

 

明日3月10日(日)午前10時~

岡山読書会yuukiさんとツイキャス読書会「おんな読書庵」をします。

よろしければこちらのyuukiさんのページから

聞きに来てください!


https://twitcasting.tv/yuuki27144/broadcastersp

 

 

 

ご訪問いただきありがとうございますおねがい

素敵な夢が訪れますようにグリーンハーツ