こんにちは。ベルーガです。
今日は太宰治さんの小説『ダス・ゲマイネ』の読書感想文です。信州読書会さんのツイキャス読書会の課題図書でした。
ダス・ゲマイネ 読書感想文
これは、男のロマンを表現している小説なのだろうか。
冒頭から「恋をした」と、始まったので、盲目的な恋の行方が続くものと思ったが、その後馬場という男の出会いのあとは、胸騒ぎを感じるような、怪しげな男同士のやりとりが続いていく。小説を書くという妙案から、佐野、馬場に加えてあらたに佐竹と太宰が加わり、癖のある強い個性の創作集団が生み出されるのかと思いきや、最後は馬場から佐野への愛の告白、そして突然の佐野の死で話が終わる。
この4人が出会った意味は何だったのか?なぜ佐野は死ななければならなかったのか。いろいろな疑問が読み手の私には沸き起こるのだが、そういった現実的な思考を超越した馬場の立ち振る舞いがあまりにも浮世離れしていて、こういうのが男のロマンなのだろうか?と私は空想した。馬場はハチャメチャで、気分屋だ。暦に敏感で、「今日は八十八夜」とつぶやいて一緒に浅草に飲みに行ったり、実家に帰った佐野に死ぬな、一緒に本を出そうと手紙を寄こしたり。それでも佐野はそんな馬場が嫌いではなかった。馬場の感性に付き合うことができたし、むしろ癒されていたのではないか。佐野からの愛の告白に実は自分もあなたを愛しているのだと本当のことを言いかけたけれど、馬場との友情が壊れるのがこわくて菊が好きと嘘をついたのだろうと私は思った。
荒城の月を作曲した滝廉太郎は本当は馬場なのだと、信じてやってもいいと佐野は思っていたのだと思う。寛容な、ふたりの世界。
この小説を男のロマンと解釈したいという私のわがままを許してほしい。私も馬場ほどの人は手に負えないにしても、佐野とは友達になってみたかった。在りもしない話を思いっきりぶちまけて、横に「別にあなたの話を聞くのは嫌いじゃないさ」と言って佐野が座ってほほえんでくれていたら、いいのになあ・・・と妄想していた。しばしの間。
おわり
ご訪問いただきありがとうございます![]()
素敵な夢が訪れますように![]()