まずはYahooニュースに掲載された、作家の林真理子さんのインタビュー記事。
とても読み応えある文章ですよ。
日大の理事長になってからの話です。
文筆業を生業にしている方なので、表現力がありますよね。
インタビュー記事のURLはこの記事ラストに貼っておきますが、今日はググっと心にヒットする箇所がたくさんある中の一つをシェアしたいと思います。
黄色枠内の部分が、林真理子さんのことばです。
※Yahooニュースは一定期間が過ぎると記事そのものが消えてしまうので、備忘録として文章を引用させていただきます。
どんなに子育てや家事が大変でも、女性は仕事を絶対に手放さないほうが良い。
人生って、突然いろんなことが起こりますよ。
急に結婚したくなったり、子どもがほしくなったり。
そうした場当たり的な運命を信じつつも、
大切なのはそれらを乗り切るための体力・気力・経済力を全部持っておくこと。
常々私はそう思ってきました。
女性に必要なのは「体力・気力・経済力」
この3つ、まさにそれ。
とくに最後の「経済力」の部分、強く共感。
女性にも経済力。
その通り、大事です!
これは林真理子さんのように著名になって大金稼げる女性というだけの意味ではなくて、「(いざとなったら自分の力で生活できる)経済力」だと私は思っています。
なぜこの話をこのタイミングでそう思ったのかと言いますと・・・
先月、過去の私を思い出す出来事がありました。
今日はその話を。

先月中旬(2/12祝日の日曜日)
私はこの日、湘南逗子R134沿いから海が見える環境から授業配信しました。
このエリアが日本一、いや世界一大好きな私。
理想の環境の中で最高の日曜日の朝を過ごしました。
そして授業終了後はすぐに東京に戻り、TUBEギタリスト春畑さんのライブへ。
念願かなって夢叶った仕事(授業)終了後、逗子海岸沿いを移動している時に突然。。。かつて20代の頃に言われ続けていたことばを思い出しました。
※下記の「あの人」というのは、この私のことを指します。
「あの人って土日も働いてるんだってー」
「プライベートもなくて、お気の毒♪」
「あんなふうにはなりたくなーい(笑)」
「(でも私たちには結婚相手がいるから必死で働かなくても)この先、一生もう安泰♪」
しかしいまさら文字にするとなかなかの破壊力(笑)
実はこれらのことば、周囲の女性たちから実際に言われていたことばです。
彼女たちは私とおおむね同世代。
現在50代の方たちになりますね。
しかしみなさん今も「結婚した私は、一生安泰♪」?
この価値観、1ミリも狂いなく続行中なのでしょうか・・・?
今の時代、一生安泰ってあるの?
まあ他人のことはさておき(*'ω'*)
「え?私ってかわいそうな人?」
そう言われた当時の私。
ショックでしたね。
あの時代、そして私が育った環境では「平日も土日も働くなんて、お先真っ暗なかわいそうな人」というのが価値観でした。
私はそれが当たり前の環境で育ちました。
就職も結婚も基準はすべて
「失敗しないもの」「一生安泰であるもの」
これが唯一の正義の環境でした。
良く言えば堅実な安心感。
裏返せば?
同じことの繰り返し。惰性。
変化をとにかく嫌う環境。
当時の私の環境では
女性の仕事はお茶出しとコピー取りとお使いレベル。
まちがってもそれ以上望むなよ。
縁談に響くぞ。
まちがってもキャリアを積みたいとか思うなよ!
いかに条件の良い男性に選ばれるかだけを考えよ。「一生安泰な身分」を得るために。
そう言われていました。
私の周囲の女子たちは華やかな美人が多かったので、それを武器にしていましたね(それはそれで立派と、そこは素直に思っていましたよ)
ですが私はそれができなかったのです。
それだけの外見でもなかったゆえ。
今となればまあわからないでもないけど、当時の私はそれが嫌でたまらず。
当時の私はまだ幼かったけどそれでも幼いなりに、冒頭の林真理子さんのことばのように
「女性も(自分の力で生活できるだけの)経済力を持つ」ことにあこがれていたのでしょうね。
だからキャリア積むために、転職を繰り返す。
でも違う世界に身をおいたはずなのに、
どこに行ってもこういうことばを耳にしては、疎外感を感じてしまう。
結局私も彼女たちと同じ。
同族集団だったのです。
そこから抜けだしたはずが、結局離れていない。
であれば、どこに行ったところで永遠に私の居場所はなかったのです。

綾小路きみまろ風に言うと、あれから30年。
先月の日曜日の快晴の午後、湘南逗子R134の海岸沿いから授業を発信した後に冬の逗子海岸を移動しながら、ふと当時のことがよみがえりました。
「行きたくてたまらなかかった超念願のライブに行く前に仕事をする私は、他人からみたら『プライベートもなくて、かわいそうな人』になるんだろうか?」
「え?私ってかわいそうな人!?」
「自ら率先して仕事入れたんだけどな・・・」
過去の私ならそこで傷ついておしまい。
ずっと他人のことばに傷ついていたと思います。
心の奥ではそんな自分を恥じていたはずです。
でもなかったことにしてしまう。
ずっと忘れていたことが突然よみがえったということは、そういうことでしょう。
ですが、あの日の私は違いました。
そこで思わず思ったことは・・・
「したくてしたくてたまらなかったことが叶い、私はうれしくてたまらんのだが・・・それでも可哀そうな人?」
そう思った私。
何か前進したのかもしれません。
なんだか不思議な感じがしましたね。

「プライベートも犠牲にしてまで仕事なんてかわいそう」とおっしゃる方は、その方のお仕事観ではないかと思います。
仕事とは「嫌なもの、耐えるもの」
まあ確かにそうではあるとは思います。
もともと私もその環境の出身ですから。
でもね、そうではない人もいますよ。
私は英語の授業に関しては、そう思ったことはないのです。
好きな仕事を最高の環境でできる➾そのままライブ会場に飛べる!!!
なんて充実しているんだろう!と思えているのに。
まあ、私の場合は・・・ね。
当時の私には自分軸がなかったのです。
だから他人のことばを真に受けすぎてしまったのでしょう。
だからもし、今の私が過去の私に声をかけるなら、
「あの人の人生かわいそう」って言われても、「私は楽しいよ」と本当に思えるなら何ら恥じる必要ないんだぞと。
そう伝えたいですね。
※記事冒頭で紹介した林真理子さんへのインタビュー記事はこちら↓
記事後半で「無理してがんばらない♪」という最近の風潮に対して触れている部分、本当にそう思います。



































































































