そんなこんなで名古屋に帰っていたわけだが、
名古屋二日目は特に予定はなかったので、映画を見たりマンガ喫茶で「20世紀少年」を見たりして一日の時間をつぶした。

見た映画は、「BALLAD」と「しんぼる」
ガッキー姫のツンデレ口調が萌えを誘い、真っ白な部屋でのまっちゃんワールドが笑いを誘う映画だった。

両方とも「笑い」と「シリアス」を並行させていたが、その切り替えがあまりに多すぎて、
真面目に伝えたい要素や感動的な要素が消されてしまい、
「なんとなく笑えたな」という印象だけが残った。

まぁ笑える箇所が多々あったので、ちょうどよい時間つぶしになった。





ところで一日の「締め」はやはりお風呂だということで、
最後は竜泉寺に行ってきた。

ここは昔から銭湯があるところだが、最近(もうけっこう前?)思いきりリニューアルした。
これは大成功だったと思う。


到着したのが23時を回っていたころだったと思う。
そんな時間にもかかわらず、風呂の中はとてもとても混雑していた。
みんなお風呂好きなんだな。


露天風呂から庄内川が見えて、その川の向こうに春日井の町の光が見える景色が、
なんとも絶妙だ。風呂につかりながら外を見るときほどリラックスできるときはない。


風呂あがりに、缶ジュースを飲みながらテラスで座りながら再度春日井の町を見て、
体のほてりを癒す。一日の終わりだ。
周りには、カップルや、友人連れなど。
みんな思い思いにゆったりと時間をすごす。



別館地下に、仮眠処というのがある。
そこではリクライニングで休みこともできるし、マットレスを地べたに敷いて休むこともできる。

オレはそこでマットレスを借り、タオルケットを借りて休むことにした。

ホテルとは違い必ずしも寝心地がいいものでもないが、
朝から一日活動したオレは、横になるなりすぐに寝ていた。




起きたら朝7:30だった。
意外に快適な眠りだったように思う。また機会があればここを利用しよう。


朝風呂に入れるのもここで仮眠する上での一つの利点だ。
ゆっくりつかろうかと思い風呂に行くと、朝8時にも関わらずたくさんの人がいた。

こんな朝早くに。


やはりみな風呂好きなのだ(笑)


竜泉寺の湯
シルバーウィーク。
5月の連休、ゴールデンウィークに対応して、そう呼ぶらしい。
しかし9/21の敬老の日のことを忘れてはいけない。
この五連休は、お年寄りを敬う連休であり、同時に先祖を想う、お彼岸でもある。
自分が今、ここにいることの喜びに感謝したい。
そして、自分がまさに親になろうとしていることに、感慨を感じる。
先祖から受け継がれているこの「血」は、また新たな一代を産み出そうとしている。


お年寄りとは、いったい何歳のことを言うのか。
お年寄りの白髪を指して「シルバー」と呼ぶのであれば、
ウチの父親はすっかり総白髪であるから、「シルバー」、すなわちお年寄りの仲間だ。
と言ってもまだ57歳だから、お年寄りと言うのは本人にもかわいそうだ。


まだまだ父親も若いと思っていた。当然、本人もそう思っているはずだ。
しかし年齢というのは、確実に人を老いに向かわせる。
老いは、確実に体に変化をきたす。






「わりーな。連休なのに。」









父親が脳梗塞で入院したと、妹から連絡があったのは連休前の金曜日。
妹は父親に会ったらしいが、症状を理解している様子ではなかった。
妹からは、状況がうまく伝わってこなかった。
本人に電話したところ、話ができた。「大丈夫だ。」と。
だけど、その話ぶりはあきらかにおかしかった。
ろれつが回っていなかったのだ。



名古屋に帰ってきてすぐに病院に行った。
ちょうど仕事仲間の方がお見舞いに来てくださっていて、父親は元気そうにしていた。
その方が、「市川さんにはお世話になっとるで。はよ元気ならなあかんよ。」と言って、
病院のベッドでパジャマ姿で座っている父親の手を、がっちり掴んだ。

父親よりも年齢が上だというその人が、明らかに父親を慕っている様子だった。
オレの知らないところで、この二人の間にかけがえのない絆があるんだ。

そう思うと、普段離れて暮らしていて父親の実態をよく知らない自分がそこにいて、
なんだか申し訳なく思った。

「市川さん何かほしいもんあるなら、言ってよ。あんた普段言わんで。こういう時だからこそ言ってよ。
オレそのためにここ来るで。」
とてもありがたいお言葉をいただいているのに、照れくさそうにお辞儀をしているだけで、ハッキリと「ありがとう」と父親は言わない。
そういう人なのだ、オレの父親は。でもその方もそのことを分かってくださっていた。
よかった。父親は、こういうありがたいお方との縁があるんだ。
なんだか少し、安心した。






父親と二人、担当の先生に話を聞いた。
脳梗塞というのは、致命的な箇所でやらないと症状が出ないらしいが、実際には結構脳梗塞を起こしていることがあるらしい。
実際、父親も今回の箇所が致命的な箇所だったので症状として現れたとのことだが、その箇所以外にも数箇所脳梗塞を起こしていた。

今回の箇所は脳幹の近くだったらしく、症状が現れたらしい。
右手右足が細かい動きができない。そして、ろれつが回らない。
とはいえ比較的症状は軽く、経過も悪くないらしい。
ただ、リハビリが必要であり、後が残らない可能性がないとは言えないとのことだった。

つまるところ、車の運転ができなくなる可能性があると。



ウチの父親は今、運送業の社長さんだ。
もし車の運転ができなくなるとなると、、、



今は考えないとこう。



名古屋に帰ってきてすぐに病院に行き、父親に会ったのは奇しくも21日、敬老の日だった。


オレは地元を飛び出して大学に行って、大学を卒業して、仕事して、結婚して、子供ができて、今年誕生日がきたら28歳になって、
自分がいつの間にか「大きくなったな」と思うことがよくある。

でも、同じように親は年を取っていたんだ。

記憶の中でいつも親は「親」。いつまで経っても、親にはかなわない。親には勝てない。
その背中に追いつこうとして一生懸命に仕事をがんばって、5年経ってなんとなく仕事が分かって、
「家族」や「仕事」に対して責任を持ついっちょ前の社会人の仲間になってる気がしてて、
「親」と同じところに来ている気がしていた。



でも、自分がここまで来るのにかかった年月と同じだけの時間を、親も同じように過ごしてきたのだ。
がんばって親と同じところまでやっとのこさ来てみたものの、
「親」は少しずつ「老い」という現実と対峙し、さらに前に行っているような気がした。




とりあえず3ヶ月は、みっちりリハビリしてもらう。
その後のことはそのときにならないと分からない。





9月に、敬老の日を真ん中にして五連休があって、
こんなふとしたことがあって、自分がいまこうしていられることを、
ふと考えたのだった。ふと、ね。
オレ達は、気分はまだ若々しくても、やっぱり社会人なんだ。
社会人ってのは、責任を持つということ。
責任を全うしないと、意識せずとも法を犯すことだってある。


「昔のこと」だからといって許されることはない。
これが、社会人ってこと。怖いね。

処分を受ける本人は自業自得といえるが、
それを後始末するオレ達の負担は誰が評価してくれるか。
そんなもんない。

仕事って、怖い部分もある。
お金をもらって働くことの、意味。
社会に対しての、責任。
人間としての、「人」の価値。



昇格して、行ったあの人の、成れの果て。
失った信頼は、簡単には取り戻せんわ。

ああならないように、日々を全うしたいと思います。
さて明日からネガティブ仕事か。。。
お互いの誕生日や付き合い始めた記念日、入籍した記念日、色々ある思い出の日々。
それに、「結婚記念日」というのが加わった。

9月7日。
あっという間に一年が過ぎた。
友人、親戚、かけがえのない人とともに過ごした夢のようなあの日から、一年がたった。
とてもとても幸せで、とてもとても早い一年だった。

一年前の今、こんな風にすごしていることを考えただろうか。
いや、結婚式前日(当日の未明)までかかって準備をしていたぐらいだ。
とても一年後のことなんか考える余裕なんかなかったように思う。

二人で、ささやかに一年を祝った。
神戸の町並みを見ながら、贅沢をした。いいよね。一年だもん。




一年たって、オレ達はいよいよ大きなイベントを控えている。
タミコシのお腹の中には、赤ちゃん。
もうすっかりお腹も大きくなっていて、手を置けば動いていることはもちろん分かるし、赤ちゃんの頭がどっちにあるとかパッとみても分かるくらいだ。

もうすぐタミコシは仕事を休みに入る。
タミコシはお母さんになるために準備に入る。
お腹が大きくなってるから、寝る時に腰が痛そうで辛そう。
最近は立っているときも辛そう。
まだまだ大きくなるらしいので、どんな風になるのか全く分からない。
でも変わってあげられないのだ。。。



オレは?

まだお父さんになる実感ってよく分からないけど、
タミコシのお腹が大きくなるのが嬉しい反面、腰が痛そうで申し訳ないし。
でも、ただ、かわいいであろう子供ともうすぐ会えるのがとても楽しみだ。

最近、街中でやたらと子連れの夫婦が気になる。

ショッピングモールをベビーカーを押しながら、あるいはだっこひもに包みながら。
レストランで隣に座った子供(兄妹)のたわいない会話。

どんなベビーカーか。どんな服着せてるか。

いろんなことが気になる気になる。


赤ちゃんグッズは何がいるのかな。
とりあえずベビーザラスに行ったけど、全然分からなかったから、
またゆっくり時間を取って、店員さんから直接教えてもらうことにした。

分からないけど、オムツや哺乳瓶なんか入れられる肩掛けカバン買ったよ。
そういえば、読み聞かせに使えそうな雑誌を毎月取り始めたよ。
少しだけ、お父さんになる準備。



初めての子供に、色々不安なことはあるけど。

二人だから、がんばれる。



ハッピー結婚記念日。

一年間ありがとう。これからも、ずっとよろしく。
仕事中なのに、デスクに人がいないじゃん。
そっか。
昼だからみんな行ったのかな、でもみんな一緒に行ったら誰もおらんくて電話取る人もおらんじゃんか。




違った。。。
みんな外にいた。
近くの店からも人が外に出ていた。

出ていて、上を見ていた。




そっか今日は日食だ。
どれどれ見てみるか。。。(肉眼で見てはいけません!)



欠けとる!欠けとるじゃん!



それは雲のスキマから少しだけ見えたにすぎないのだが、
たしかに欠けていた。けっこう欠けていた。

けっこうスゲーじゃん。
おぉ~。ぉお~。ぉぉ~。。。

仕事に戻った。


そういえば日食を見るために「島」に集まった人もいるという。
天気があまりよくなかったらしい。
みんな日食に狂騒した日だった。



次は25年後らしい。
タミコシのお腹の赤ちゃんが25歳か。
オレ52、子供25。

大人になっとるね。
次の日食の時には、「前の日食の時はお母さんのお腹におったよな」と話そう。

一緒に見たいな。一緒に見れるかな。


なんか25年後なんてあっという間に来そうだ!
お腹が大きくなったタミコシを乗せ、PASSOちゃんを西へと走らせる。
早いもので6ヶ月に入った。
7月の三連休、竹原でのんびりしに帰った。

前回ゴールデンウィークで帰ったときにはつわりで苦しんでいたタミコシ。
今回はお腹が大きくなったタミコシ。つわりはもう苦しくない。
お義母さん、お義祖母ちゃんが、そしてお義父さんが、明らかに赤ちゃんのことを喜んでくれていたのが、もっと言えば(聞こえはよくないかもしれないが)「浮かれていた」のが、うれしかった。

のんびりできて、よかった。
久しぶりにタミコシと、のんびりできてよかった。

一人海に入った。砂浜でタミコシが笑っていて、手を振ってこちらを眺めていた。

オレは最近よく考えることがある。
タミコシと二人きりだけで遠くへ出かけられるのも、もう残りわずかだ。
タミコシと「二人だけ」の時間も、もう残りわずかだ。
だから今回は、とてもとても貴重な時間だったのだ。

子供ができたら15-20年は大変だとお義母さんが言っていた。
子供ができたらオレもタミコシも、お互いのことを考える余裕があるのだろうか。
家族のこと、子供のこと、仕事のことを考えて日々を過ごす中で、あっという間に時間が流れていくのだろうか。

次にお互いのことをゆっくり考えられるのは、
「お互いのことだけ」を考えられるのは、
50歳かもしれない。60歳かもしれない。70歳かもしれない。

お互い好きでずっとずっと一緒にいたくって、
結婚できてとても幸せになったカップルにとって、

今の時間って、
赤ちゃんができたことが分かって産まれるまでの今の時間って、
その二人にとって一生で一番大切な時だと思う。そう実感する。

赤ちゃんが、人々に喜びを与える。
赤ちゃんが、オレと、オレとタミコシと、オレ達とオレ達の回りとの時間軸を変える。
それはとてもとても素晴らしくて、とてもとてもすごいことだと思う。
赤ちゃんにしか備わっていない素晴らしい力だと思う。

赤ちゃんが、待ち遠しい待ち遠しい。
「おとうさんとおかあさんじゅんびしてまっているよ。」
と、タミコシのお腹に向かって話しかけると、ポンとお腹を蹴って返事が聞こえた気がした。
もうオレの声分かるのかな。なんて。



帰りに渋滞。
料金所には、長い列。ETCのレーンに。

ふと隣のレーンを見ると、スイスイ。
みんな現金を手渡しして、スイスイ。

スイスイ通れるようにと始まったETCが、逆に渋滞を起こしていた。
みんな競ってETCを取り付けた。
本末転倒とはこのことか。

料金所のおじさんの仕事はまだ当分なくならなさそうだ。
久しぶりに、今朝、清々しい気持ちでベランダに出た。

借りているマンションが3月末からずっと改装工事をしていて
ベランダの外に工事用の幕が張られていたのです。
目の前に作業員さんが移動をする足場が組まれ、
期間中、ほぼ立ち入りが出来なかったのでした。

洗濯物はずっと部屋干し、布団も網戸越しに日を当てる程度
天気がいいなと換気をしても、運が悪いとペンキの匂い
うっかりカーテンを開けて休んでいると、ベランダに作業員さんが入って
作業をされたりしていて
事情は分かれど、なかなか落ち着かない3ヶ月間でしたあせる

先週、最大の目的だったらしい窓のサッシが付け替えられて
やっとベランダへの人の出入りも一段落。

まだ幕と足場は残っているものの、物干し台がやっと使える!ニコニコ

晴れやかな気分で物干し台を拭いて、勢いよく布団を干したその時
バサバサっと羽ばたく音が。

マンション全体に幕が張られた時、つがいのハトが内側に
閉じ込められたらしく、何故かずっと6階付近に居着いていたのだ。
以後、毎朝ハト時計ならぬ本物のハトの鳴き声で起きていた。

ベランダを汚されると困るので、いつも追っ払ってから会社に向かっていた。のだが…
シニア世代の多いこのマンションで、他のおうちのベランダには
植え込みがあったり定期的に人が出入りするけれど、
共働きの我が家は昼間は無人状態。
しかも隣が空き家なので、ハトにとって天敵のいない居場所になってしまった。

悪いけど、あんた達ともこれでオサラバよ!
と思ったら…
なんと、ハトが空き家と我が家の室外機の間に
巣を作っているではないか。
しかも、そこには生み落とされたばかりの二個の卵が…
数日見ないと思ったら、こんなところに巣を作っていたなんて。

うわ、これ、どうしよう……
ツバメの巣は実家で経験があるけれど、ハトは知らないよう。

巣から足場に飛び移った母ハトは、
一定の距離を置きながらずっとこちらを伺っている。
そりゃそうだよね、卵だもん。。

一瞬、ハトを向こうに追いやって、いない間に巣ごと
どけてしまおうかと本気で思った。

けれど…

最近少しずつ目立って来たお腹をさすった。

私も、今、お腹の中に大切な卵を授かっている。

ちょうど工事が始まった頃妊娠が分かり
来週には安定月に入るところだ。

妊娠していなければ、きっと迷わず巣を処分してしまうだろう。
でも、不安そうにウロウロする母ハトの目の前で卵を処分することは
どうしても出来なかった。

悩んだ挙句、物干し竿をなるべくベランダの反対側へずらしてやり過ごす。
(幸いなことに、ベランダそのものはそこそこ広い)


サッカーの試合から帰ってきた旦那さんに相談すると
旦那さんもやや困ってしまった様子。
羽化するまで我慢するか…
ご近所に迷惑が掛かるのではないか…
鳥が近くにいると、お腹の赤ちゃんによくないのではないか…
室外機を使い出したら、自然といなくなるのではないか…

結論は出ないままだった。
その間もずっと、そして昼になっても夜になっても、親ハトはずっと動かない。
今は父ハトと母ハトが交代で、卵を温め続けている。

ネット等でハトの羽化などを調べて
週が明けたら管理人さんに相談することにした。
でも、報告したらきっと処分されるんだろうな。

やりきれない気持ちが赤ちゃんに伝わったのか
午後はずっとつわりがひどく、休んでしまった。

ハトはつわりとか、ないのかなぁ。
卵がかえるまで、どんな気持ちで温めてるのかなぁ。
ウトウトしたら、夢の中で4羽のハトが空を舞っていた。

今日5月29日は、一日タミコシ27祭だ。
今日は早めに帰るはずが、夕方からの「役席」の超ロング会議のせいで、
お客さまからお預かりしているものを保管するための検印がずっともらえず、
結局店を出たのが19:00だった。

一旦家に帰りタミコシと合流し、予約した夙川のダイニングカフェに行く。
二人で3-4皿、そして「誕生会」としてケーキを食べた。
帰りに寄り道をして小さな浜辺で夜風に当たる。
近くのマンション住人だろうか、親子3人と、犬一匹が防波堤で楽しそうに談笑していた。
いいなぁこういうの。

家に帰りプレゼント。
水曜日に二時間ぐらい悩んだあげく、エイヤで買ったドライヤー。
予想以上に気に入ってもらい、これを選んでよかったと思った。
タミコシに喜んでもらい、二人ともHAPPY気分。

「そういえば私達、晩ごはんの間あまりしゃべらなかったよね。何しゃべったっけ?」
確かにオレ達は、あまりしゃべらなかったかもしれない。
隣の席の「幼稚園の先生」二人組の会話があまりにうるさかったせいもあるが、
でも、言葉少なでも心地悪くないと感じるこの距離感が、オレは好きだ。

異性を前にし、会話なくても間が悪いと感じないのは、タミコシだけだ。
素でいられる時間がなにより大切。


27歳の誕生日は、改めてタミコシとの時間が心地よいと実感した日だった。

誕生日、おめでとう。
この一年はきっときっと、素敵な一年になるはず。
今からワクワク。
一緒に「その時」を迎えよう。



今日も素敵な一日なのでした。
メキシコで豚インフルエンザがヒトに感染したというニュースからどれくらいだろう。
メキシコから急遽帰ってきた人や、メキシコで武者修行中の亀田兄弟の一人がTVに出てた。
今や豚インフルエンザなんて死語だ。あっという間に死語になった。

「新型インフルエンザ」
神戸市の高校生が感染

朝のニュースは、確か12人だった。
今23:50現在では。もうすでに40人超。
おそらく潜伏期間が明け、ウイルスの症状がいっせいに出たんだろう。

今日夕方、薬局やコンビニに5軒ほど行ったのだが、マスクは全て売り切れだ。
「水」を大量に買い込んでいる主婦もいた。なるほど外出しないのが一番いい。
店員さんもやはりマスクをしていた。背に腹は変えられない。

幸い、タミコシのご実家からマスクを二箱ほどいただいている。よかった。


夜、会社の緊急連絡網が回ってきた。
本人や家族に熱がある場合は出社しないようにと。

夜、駅にいた人々は、皆マスクをしていた。

西は芦屋・神戸、東は豊中。
間に挟まれた西宮・そして尼崎。

きっとすぐに広がってくるのだろう。
もう、パンデミックだ。
マスクを買い足しておく必要がありそうだ。
1RIVER ’Home Sweet Home’ blog


「キング」カズに憧れてサッカー選手になろうと思ったという選手が、
今やJリーグにたくさんいるようになった。

みんな、ヴェルディが好きだった。
みんな、シザース(ボールをまたぐフェイント)を真似た。
みんな、カズダンスを真似た。
みんな、「11」番をつけたがった。
みんな、ドーハの悲劇で泣いた。

フランスW杯直前に、日本代表から外れた。
そのときには当時も監督だった岡ちゃんが、
「外れるのは、カズ、三浦知良、、、」
と言ったぐらい、みんなの中で、「カズ」は「カズ」なのだ。

カズは、TVで、「知らない間に「キング」とか呼ばれるようになった」
と言っていた。
カズは帽子がおしゃれだ、カズはサングラスがおしゃれだ、カズは風呂あがりのガウン姿がすごい。
などなどいろんな逸話がある中で「キング」と呼ばれるようになったんじゃないかと
自分で言っていた。


でも、サッカーのなんたるかを知りつくしたカズは、
やはり「キング」という称号がふさわしいと思う。
今日の日経朝刊の記事。

大変コンパクトなコラムの中に、サッカーのなんたるかという、そして、人生のなんたるかという、
エッセンスがギュッとつまっている。
どの一文をとっても、大変ありがたいお話であり、
そして、あえて誇張して言えば、
カズの言葉をネイティブで理解できる日本人でよかったとも思った。

今日のコラムを、全世界の人に読んでもらいたい。

サッカーのなんたるかという、そして、人生のなんたるかというエッセンスを
こんなにコンパクトな文章にできるのは、
世界を舞台にプレーし、40歳を超えてもなお日本のサッカー界をリードし続ける、
「キング」カズにしかかけない文章だと思う。

サッカースタイルの中から欧米と日本の文化的な差異を見いだし、
日本人の文化的特性から来る決定力のなさを嘆いている。
さらに、これ。(記事より)

「相手にずっと攻めさせながらも、最後のエリアは攻め込ませない。
(中略)攻める時には刺すがごとく点を取る。(中略)
シンプルに、一発で攻めきってしまう。」



要の守りは鉄壁に、
攻めるときにはシンプルに、かつ一発で。
芸術の境地である。


「メリハリ」がいかに大切か。
人生の教訓である。


サッカーには、人生において大変勉強になる要素が多々あるのだ。
サッカーに仕事に、メリハリをつけて結果を残せるようがんばろうと思った。


(記事より)
「スポーツなのだから楽しまないと。」

最高!カズ!


これからも、ずっとずっと走り続けてくれ。