0600 連絡来る
「定期的にお腹痛い」
「今から病院行く」
0630 電車乗る
0712 新幹線
0845 タクシー
1120頃 10分間隔
1600 破水
1905 出産
2009年も暮れの12月、人生最高の瞬間を迎えました。
長女「希(のぞみ)」が、元気に産まれてくれました。
生きててよかった。
心の底から、
喜びと、
感謝と、、、
言葉に言い表すことができないくらい、あらゆることに「ありがとう」って思うんです。
11月の半ばから、毎日いつ呼ばれてもタミコシのところへ行けるよう、
二泊はできる用意を毎日会社に持って行ってた。
日中呼ばれてもいいよう、アポイントはなるべく入れなかった。
シャワー浴びるときは、携帯が聞こえるように風呂のすぐ傍に置いてた。
週末は毎週広島に行ってた。
12月1日の夜、寝る前にタミコシとメールのやり取りをした。
日付が変わって24時を回って「誕生日おめでとう」って。
そういや12月2日はオレの誕生日だった。
希ちゃんの予定日でもあったので、すっかり忘れていたのです。
オレは、タミコシが自分のお腹が大きくて張り裂けそうなくらいになってもオレのことを気にかけてくれていたことが、とても嬉しかった。
そして最後タミコシのメールに、「今日陣痛が来ますように」ってあったのを見て、(不思議なんだけど)、
嬉しかった。
予定日通りに、そしてオレと同じ誕生日に、子供が産まれてほしいというタミコシの気持ちが、嬉しかったのです。
そしてその思いをくんでくれてか、明け方に陣痛がやってきたのです。
朝方電話がかかってきた時、オレは妙に冷静だった。
ゆっくり落ち着いて着替えをカバンに詰めて、出かけたのです。
赤ちゃんが産まれたらきっと大変だと思う。
きっと、タミコシと二人だけの時間は無くなる。
でも、それでもいい。オレはタミコシとたくさんの時間を一緒に過ごしてきたから。
そんなことを考えながら、新幹線に乗って広島に向かいました。
病院に駆けつけると、陣痛→分娩までできる個室でタミコシが横になっていました。
明らかにいつもと違う様子。きっと今日産まれるに違いないと、思いました。
そこからは一番最初に書いた通りなんだけど、
病院に着いてから出産までの約10時間、これが最後にタミコシのためだけに全精力をかけてあげられる時間だと思い、
痛そうにしているタミコシのために出来る限りのことをしてあげました。
オレは、大好きな人のために誠心誠意尽くせることの幸せを噛みしめていました。
そんな幸せな時間はやがて「共に戦う」時間へ。
16時すぎに破水してからの出産までの時間は、まるでボクシングのラウンドさながら。
1分間隔でくる波に合わせていきむ
→少し休憩
→また波に合わせていきむ
この繰り返しが延々と続き、タミコシの体が壊れないかと思いながらも、合間にタオルで汗をぬぐい、お茶を飲ませる、といったぐあいにセコンドについていました。
タミコシ・オレ、そして助産師さん。
みんなの力を合わせて、希ちゃんは無事に産まれてくれたのです。
平成21年12月2日
午後7時5分
人生で最高に幸せな瞬間をタミコシと一緒に迎えました。
誕生日が同じな子供。
運命を感じないわけにはいかないでしょ。
こんなにも美しい偶然って、あるんですね。
あまりにもつたない文章力だから、感じている感動が、書ききれない。
でも確かに、
タミコシと希ちゃんのおかげで、
2009年は最高の一年になりました。
これからどんな日々が待ってるかな(^_^)
新しい人生の幕が、2010年、本格的に始まるのですよ。
「定期的にお腹痛い」
「今から病院行く」
0630 電車乗る
0712 新幹線
0845 タクシー
1120頃 10分間隔
1600 破水
1905 出産
2009年も暮れの12月、人生最高の瞬間を迎えました。
長女「希(のぞみ)」が、元気に産まれてくれました。
生きててよかった。
心の底から、
喜びと、
感謝と、、、
言葉に言い表すことができないくらい、あらゆることに「ありがとう」って思うんです。
11月の半ばから、毎日いつ呼ばれてもタミコシのところへ行けるよう、
二泊はできる用意を毎日会社に持って行ってた。
日中呼ばれてもいいよう、アポイントはなるべく入れなかった。
シャワー浴びるときは、携帯が聞こえるように風呂のすぐ傍に置いてた。
週末は毎週広島に行ってた。
12月1日の夜、寝る前にタミコシとメールのやり取りをした。
日付が変わって24時を回って「誕生日おめでとう」って。
そういや12月2日はオレの誕生日だった。
希ちゃんの予定日でもあったので、すっかり忘れていたのです。
オレは、タミコシが自分のお腹が大きくて張り裂けそうなくらいになってもオレのことを気にかけてくれていたことが、とても嬉しかった。
そして最後タミコシのメールに、「今日陣痛が来ますように」ってあったのを見て、(不思議なんだけど)、
嬉しかった。
予定日通りに、そしてオレと同じ誕生日に、子供が産まれてほしいというタミコシの気持ちが、嬉しかったのです。
そしてその思いをくんでくれてか、明け方に陣痛がやってきたのです。
朝方電話がかかってきた時、オレは妙に冷静だった。
ゆっくり落ち着いて着替えをカバンに詰めて、出かけたのです。
赤ちゃんが産まれたらきっと大変だと思う。
きっと、タミコシと二人だけの時間は無くなる。
でも、それでもいい。オレはタミコシとたくさんの時間を一緒に過ごしてきたから。
そんなことを考えながら、新幹線に乗って広島に向かいました。
病院に駆けつけると、陣痛→分娩までできる個室でタミコシが横になっていました。
明らかにいつもと違う様子。きっと今日産まれるに違いないと、思いました。
そこからは一番最初に書いた通りなんだけど、
病院に着いてから出産までの約10時間、これが最後にタミコシのためだけに全精力をかけてあげられる時間だと思い、
痛そうにしているタミコシのために出来る限りのことをしてあげました。
オレは、大好きな人のために誠心誠意尽くせることの幸せを噛みしめていました。
そんな幸せな時間はやがて「共に戦う」時間へ。
16時すぎに破水してからの出産までの時間は、まるでボクシングのラウンドさながら。
1分間隔でくる波に合わせていきむ
→少し休憩
→また波に合わせていきむ
この繰り返しが延々と続き、タミコシの体が壊れないかと思いながらも、合間にタオルで汗をぬぐい、お茶を飲ませる、といったぐあいにセコンドについていました。
タミコシ・オレ、そして助産師さん。
みんなの力を合わせて、希ちゃんは無事に産まれてくれたのです。
平成21年12月2日
午後7時5分
人生で最高に幸せな瞬間をタミコシと一緒に迎えました。
誕生日が同じな子供。
運命を感じないわけにはいかないでしょ。
こんなにも美しい偶然って、あるんですね。
あまりにもつたない文章力だから、感じている感動が、書ききれない。
でも確かに、
タミコシと希ちゃんのおかげで、
2009年は最高の一年になりました。
これからどんな日々が待ってるかな(^_^)
新しい人生の幕が、2010年、本格的に始まるのですよ。
Mama」とあった。 

な気分になってしまいました
