何をやってもうまくいかない。
今日はそんな日だった。

就職セミナーが直前に迫り、焦りが出ていたのかもしれない。
本当はセミナーの仕事にがっつり取り組みたいのに
どうでもいい雑務や対応、「本当は私の仕事じゃないのに…」
みたいな仕事にせき立てられ、肝心の仕事が全く進まない。

終電をぎりぎり乗り過ごしてタクシーに転がり込んだ。
顔の汗を拭くと、東京出張後に口のほとりに出来た大きな吹き出物が痛んだ。
もういやだ、ほんといやだ。

「疲れてるねぇ」タクシーの運転手さんが声を掛けてきた。
私はいきさつをだぁっと喋った。

運転手さんは頷いて
「あなたは“分かっていて手を抜く”ってことが出来ない性格だね」と言った。
はい、多分そうですと答えた。

「男あたりは、それがすぐ出来る。簡単に無責任になって、でも結局それらしく
仕事を仕上げてしまうんやな。
女性の多くは、責任感が強いからそれが出来へんもんや。けどな、年を重ねるうちに
そういう手法を身に付けていくのが世渡りの常だったりするんや…」

「分かります。でも、私にはそれが出来ないんです。」

不器用で、責任感はあるけど、遅くて出来が悪くて結果も出ない。
担当員時代に嫌というほど味わった自分の性格だ。
私には担当員は向いていない。そう気付いては泣いて来たのだ。

普通の運転手さんは、このへんで「まぁ頑張りや」で会話が終わるのだが、
この運転手さんは話を続けた。

「それでええんや。」

「あなたが納得しないまま手を抜いて仕事をしたら、多分もっとぐちゃぐちゃになって
しまう。ぼろぼろになって納得するまでやって、それでもうまくいかなくて普通なんや。
でもな、うまくいかない度が、半分くらいで済んでるはずや。」

「こんな話したら引くかもしれへんけど、多分、5メートルくらい傍に
あなたには見えないけどあなたを見ている人がいて、上から見ながらそれでええよ、
と頷いてくれてる。肝心なときはうまくいくように、現れて、助けてくれる。」

「ご先祖さまとか…?おじいちゃんとか、見ててくれたら嬉しいのになぁ」
先日三回忌を済ませたおじいちゃんの顔が浮かんだのでそう言った。

「お客さん、それが分かるなら話は早い。もう大丈夫や。」
運転手さんはそこで話を終えた。

家についた。
「今日のこれは、自腹なんか?」
担当地区ではないので、もちろん自腹だ。今月一体何万円自腹を切っているんだろう。
「自腹です。でも、家計簿つけたいんで領収書下さい」と言った。

運転手さんは、よしよしと頷いて、5,000円にまけてくれた。
断ったけど、いいから、とおつりと領収書を渡された。
普通こういう時、一緒に名刺を渡されて「次はここに電話してね」などと
商売トークが入るのだが、この方は名前も会社名も名乗らず終いだった。

降り際、「今日はついてない日だったけど、運転手さんの話がきけたから良かったです」
と言った。
運転手さんは笑って「こちらこそ。これを食べて頑張りなさい」とお饅頭をくれた。

タクシーが見えなくなるまで見送って、マンション入口の街灯の光でお饅頭を見てはっとした。

ヤマザキの月餅。
受験勉強の時、おじいちゃんがいつも「これを食べて頑張りんさい」とくれてたおやつだ。
まさか、そんなはずはないけれど。

「肝心なときはうまくいくように、現れて、助けてくれる。」

運転手さんの言葉がよぎった。
夜中なのに、セミが一匹だけ玄関でジィジィ鳴いていた。
お盆前の、少し嬉しい体験だった。
前撮りはとてもドラマティックだった。
関わってくださったスタッフの方々に、心から感謝。

着物を手配して下さったジョイフル恵理の谷川さん
メイクの北川先生とアシスタントさん
私たちの担当の多田さん
カメラマンの松田さん
全体をコーディネートして下さった迎賓館のスタッフさん。
目に見えるだけでもこれだけの人たちに支えられていた。
況や、目には見えない人や力の支えもあり。
増水で死者が出たほどのあの豪雨にさえ、
撮影会が終わる寸前まで待ってもらったようだった。

印象的だったのは
スタッフの多くが若い女性だったこと。

カメラマンの松田さんは
黒いスーツの上下で顔を真っ赤にさせながら走って撮影ポイントを探し、
ずっと笑顔で「次はこうしてみましょうかー」と
写真を撮り続けて下さった。
太陽の塔“太郎”と私達を撮るときは、なんと熱い地面に
寝転びながら(絶対熱いと思うんだけど)それでも笑顔で撮って下さった。

メイクの北川先生
着付けからメイク、髪のセット、写真の写り方のバランスまで全部見て下さった。
かつては美容院のスタッフだったらしい。でも、髪の毛を切るだけじゃなくて
もっとトータルに美しさを作りたいと思って、着付けなどを勉強して
今の仕事に就いたそうだ。仕事歴10年。楽しそう。素敵。
無言でじっと眺めながら、要所要所素早く手を入れる姿が
今産休中の某先輩担当員に(お顔も)そっくりで、すごくかっこよかった。
一方で、ずっと私の手を取って歩いて下さった。そして、汗を拭き続けて下さった。
式当日もメイクしてもらえるみたい。この先生で良かった!

担当の多田さん
熱いのにスーツの上着を来てずっと付いて来て下さった。
日傘とペットボトルの水を両手に抱え、マネージャーのような笑顔で
「お水、飲んでくださいね」とストローをさして差し出して下さった。

着物は本当に重くて暑くて、しかも黒いカツラを頭に乗っけていたからとにかく頭が熱い。
撮影後半は、思った言葉が出て来ないくらいにフラフラになっていた。
「これが熱中症なのかなぁ」と思った時、日傘もささず水も飲まずに
自分の仕事を全うしているスタッフの方々を見て、絶対に倒れちゃダメだ!と思った。
ヒデ君も隣でずっと番傘を持って手を取って歩いてくれていた。

だから、しんどかったけど、とにかく笑っていた。

北川先生に撮影の後「暑いのにずっと微笑んでいたでしょ。あれに救われたよー」
と言われて、言われたこちらが救われたようだった。

撮影が終わってからも、スタッフの方々はずっと働き続けておられた。
私達が着物から開放されて放心状態でいる間にも、多田さんが素敵な号外を
作ってくださっていた。
号外には、スタッフの皆さんの写真も一コマずつ写っていて、それがすごく嬉しかった。

本気で働いている人は、皆美しい。担当している就職セミナーでも是非伝えたいと思った。

写真の後もヘアメイクリハ、料理の打ち合わせ、花の打ち合わせ、式次第の打ち合わせ
と夜まで続き、結局朝9時から夜9時まで、まさに「今日はがっつり市川さんデー(多田さん談)」
だった。


式まであと一ヶ月。準備はラストスパートへ。


20.7.28月曜日
式当日にはタキシート&ドレスしか着ないのも寂しい。
やはり和装もしたい!一生に一回だから!
ということで、いわゆる「前撮り」をした。


その日は朝から暑い日だった。
迎賓館に着くやいなや、さっそく着付室へ。
非常に手際よく、スタイリストさんに紋付袴を着させていただいた。
市川家の家紋入りの特注のやつだ。
そして、タミコシもメイクアップ&和服姿にお着替えをすませた。
タミコシはカツラをつけ、さながら篤姫と家定といったところだ。


気温、30℃あっただろうか。
何重にも着た服は決して熱を逃がさない。
服の中は非常に暑くなって汗がダラダラだった。
そんな中、カメラマンさんとスタイリストさん、そしてアシスタントさんを引き連れて歩くイチカワ夫妻は、<軽く>芸能人気取りだった。


今回の件は、プランナーさんがわざわざお休みをずらしてくれたし、写真撮影の合間も適度に水分補給をさせてくれたし、
スタイリストさんが常にタミコシの手を取り汗をふいてくれたし、
カメラマンさんが優しく話しかけてくれたので表情が豊かになれたし、
そもそも衣装に関してはジョイフルさんがしっかりと準備してくれたし、
みなさん本当にかっこいいプロだ。


たくさんの人に支えられて万事順調に進んだ。

かねてからの希望であった、「太郎」とのコラボ写真も取れた。
まだ前撮りしかしてないけど、確かにオレ達の結婚にはたくさんの人の支えを感じ、感動したのだった。
オレ達は本当に幸せものなのだ。



建物の中に戻ってすぐ、外は嘘のように大嵐になった。
バケツをひっくり返したような雨。
さっきとはうって変わった外の風景。
オレ達は、なんてグッドタイミングだったんだろう


こうして、天気にも恵まれた「前撮り」は万事無事に終えることができた。
これが写真集になって手元に届くのが今から楽しみだ。
一生モノの宝物ができた。



いつか、子供ができて大きくなったら、子供を連れて「太郎」とコラボ写真を撮ろう。
ということで、タミコシのご実家の法事に参加した。
なんだか、奥さん方の親戚一同の皆さまの仲間に入れてもらった気分で
当初の緊張とは裏腹に、とても嬉しく思った。


タミコシ従兄弟(オレと同い年)は、「ペ金」と手で書いた、
浮き輪などに空気をいれるポンプを首からメダル風に下げていた。
なるほど今年はオリンピックイヤー。
同い年の彼は、ファンキーで楽しい。
そして、タミコシの弟さんと仲が良い。


法事のお寺への道中は、タミコシ従姉妹(ペ金の妹にあたる)とトーク。
仕事は助産師?のようなことをしているとのことだが、
「みんな私が看護婦って言ーよるけぇめんどくさいけぇ看護婦してるって言ーよるんよ」
ひろしまんガール。麦藁帽子をかぶるかわいらしい女子が広島弁をしゃべっていた
というギャップが夏らしく、まぶしかった。


そしてお寺につくといきなり、「タロウ!」と呼ばれるオレ。
「…いや違う。タロウじゃない、」(タロウって誰?と思うオレ)
「よく似とる。本当にタロウじゃないのか?」
こんな歓迎振り初めてだ(笑)
聞くと、その人(亡くなったタミコシおじいさんの弟さん)のお孫さんの
タロウ氏にオレが良く似ているらしい。
そこにいたタロウ氏のお父様(タミコシおじいさんの弟さんの息子さん)
までもが、「タロウに似てるねぇ」と言う。
実の祖父、そして実の父親が似ているというのだから、オレは
よほどタロウ氏に似ているのだろう。
「こりゃあいきなり気に入ったぞ。次はウチに遊びに来い」
と言われ、よく分からないうちに歓迎されたのだった。


タロウ氏に会ったらまた感想を書いてみたいものだ。
ちなみに、オレをいきなりタロウと呼んだその人も、
亡くなったタミコシのおじいさんの弟ということを考慮しても
亡くなったおじいさんに似すぎだろ!っとツッコミたくなるほど似ていた。


その後近くの公民館的な小さな集会所で親戚一同で食事をした。
その席で、タミコシのお父さんから結婚の報告をしていただき、
挨拶させていただいたという運びだ。


今回は初めてタミコシの親戚の皆さまにお会いできてよかった。
タミコシのお兄さんにも初めて会えて嬉しかった。


総括すると、行く前は緊張するだろうと思っていたのだが
結婚式前に皆さんにお会いできて本当によかったと思った三連休の帰省だったのだった。
順調に結婚式の準備をする一方で。。。
明日、初めてtami家の法事に参加します!
奥さんの実家の法事に初めて参加する旦那さんしてきます!
親戚の皆さんの多くには初お目見えということです!
緊張だぁ~


うん。
メガネはギンコウイン眼鏡にしよう。
スーツは黒が強いものにしよう。
黒のネクタイはどこにあったっけか。


そんな7月終盤の三連休に突入~
持つべきものはやはり友だ。
仕事で忙しい中、快く"Night Party"の幹事を引き受けてくれた。
一緒に会場に下見に行ってくれた。
実際に会場を見て、いくつかのinspirationも沸いただろうか。
creativeな彼の発想力と実際のoutputが、とても楽しみだ。


下見後、4人で’がんこ’になりながら(!?)
とりあえず、"Night Party"のコンセプトを決めた。
それは…


1River Wedding Fes. in EXPO'08

緑に溢れた会場で、
夏に行われるFESのように、
音と映像と楽しさと、
そして笑顔に溢れたPARTYにしたい♪
式を行う迎賓館さん

担当のTさんは本当にいい人だ。
DINKSの市川家は、お互いに忙しくてなかなか時間が合わない。
そのことをものすごく理解してくれて、式の準備を指揮ってくれる。


この前の日曜日、久しぶりに市川家の時間が合ったので打ち合わせに行ったときも、
「せっかくなんで、今日できるとこまでやっちゃいましょう!」と言ってくれた。


招待客へ招待状発送の打ち合わせ。
カメラマンさん(実際にはカメラウーマンさん)と写真についての打ち合わせ。
フローリストさんと飾りつけの花についての打ち合わせ。
今後のスケジューリング等々。


18時に相談開始して、気がつくと22時になっていた。
遅くから伺ってしまい、しかもかなり遅くまで時間を取らせてしまった。。。
そんな市川家に、Tさんは
「今日はがっつり市川さんデー」
と愉快なネーミングをしてくれた。


ウェディングプランナーという職業柄、全体的にしぐさも言葉遣いも丁寧なTさんだが、
たまに「がっつり」なんていうJUNKYなWORDなんかも使っちゃう。
おそらく年齢もそうは変わらないであろうこの担当者さんの、
そんなところも親近感を感じさせてくれて嬉しい点でもある。


とにもかくにも、結婚式の準備というのはかなりハードである。
ガムバロウヒデユキ!
休みを見つけて一人でドレスを
見に行った。
最近式を挙げられた取引先先輩の女性(ご本人
曰く、結婚式オタク)からのアドバイスに
よると、
ドレス選びは初め彼氏は同行してもらわずに
ある程度自分で決めてから見てもらうぐらいの
方がトコトン選べるのだとか。
更には「何でもズバズバ言ってくれる
女友達と行くのがベスト」らしい。
とりあえず、二人の休みが合わないので、仕方がない。
一人鏡の前で笑顔を作ってみる。

いつも身体のラインを隠すような服ばかり
着ているので、いざドレスを着ると
太い体がとても目立っていて
(薄々感づいてはいたけれど)幻滅してしまった。

決めたー。規則正しく食事して、肉を採らん、と。

伸るか、反るか。
あぁ、お腹すいた。。
「船場吉兆廃業」

この事実を知ったのは、訪店に向かう途中で寄った草津駅のキヨスクで。
手に取った夕刊に、うつむく湯木社長の姿があった。

消費期限偽装・産地偽装・料理の使いまわし

これまでの報道を見れば、お客さんが遠ざかっていくのも仕方がない。
17年前に分けられた暖簾の一つが、返上されて消えて行く。

サイトで調べてびっくりしたが
吉兆グループの一つ、本吉兆や京都吉兆は
食事代42,000円~、船場吉兆で36,750円~。

それだけの対価を払って、料理と、場所と、サービスを味わっているということか。
となると、そこに出される使い回しのアユの塩焼きは、たとえ無傷でも
既に他人が味わい終わった「賞味期限切れ」の品物だったとも言える気がする。

待てよ、と記憶をたどった。
この船場吉兆のサービスを、幸運にも無料で味わったことがある。
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入社して丁度一年が経とうとしていた3月28日、
私は大きな荷物を二つ抱えて、大阪船場を走っていた。
一つは花束、一つは高い壷と旅行券。

その日、一人の女性販売所長の勇退を慰労・感謝するために
本吉兆での宴が予定されていた。

自分が持っているもの、行くところの高価さは
当時考える余裕もなかったが、さすがに遅刻はまずい。
先輩が、ネットで調べたメモの住所へ走って…ギリギリセーフ!

ところが。
「ご予約は、頂戴していないようなのですが」
息の上がった私は「えっ?」と返すのが精一杯だった。

慌てて部長に電話すると、何をやってる、とぴしゃりと怒られた。
予約されていたのは、本吉兆(高麗橋)だったのだ。

ふえぇ…高麗橋ってどこよ?これじゃぁ間に合わないよ。。。

おろおろしていたその時、奥から和服姿の女性が現れて、
そばにいた割烹着姿の男性に「送って差し上げなさい」と言って下さった。
暗かったし必死だったしで、顔は覚えていない。
もしかして、あれは当時の湯木社長夫人だったのだろうか。

私はその女性にお礼を連呼して、荷物を担いで車に飛び乗った。

車内にて、助手席でひたすら頭を下げる私に割烹着のお兄さんは首を振った。

「いいんですよ。商売は一期一会と言いますが…
お宅がウチに間違えて来て下さったのも何かのご縁です。
ウチは高級料亭だけど、少しでも多くのお客様に
楽しんで頂きたいから、お昼はランチもやってるんですよ。
次は、きっと召し上がりに来て下さい。」と笑顔で話して下さった。

ほどなく、本吉兆に着いた。幸い、部長も所長も先輩も来ておらず、
何事もなかったかのように3人を迎えた。
所長の後ろを歩いて来た先輩が、目で「ごめんな」と言っていた。
静かに首を振って返したが、先輩のお陰で大きな得をした、と思った。

いつか自分の器が大きくなったら、船場吉兆の料理を味わいに
行こう。その時、そう決めたのを覚えている。

宴は恙無く進んだ。
ウン万円する料理を何も考えずにパクパク食べていたかもしれないが、
頭の端でさっきのお店のことが気になっていた。
帰り、部長にそのことを伝えたら、笑って「良かったな」と仰っていた。

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行っていたことは決して許されない。
けれど、船場吉兆の本来の「心」は、あくまで清く澄んだおもてなしの精神であって
それは、健全に引き継がれていたのだと思う。

あの日決めた一つの決心。
もう叶わないのかと思うと、とても残念だ。




当時の日記。わたし、文章まで老けたなぁ…↓
http://clearwater-t.blog.drecom.jp/monthly/200603/