「船場吉兆廃業」
この事実を知ったのは、訪店に向かう途中で寄った草津駅のキヨスクで。
手に取った夕刊に、うつむく湯木社長の姿があった。
消費期限偽装・産地偽装・料理の使いまわし
これまでの報道を見れば、お客さんが遠ざかっていくのも仕方がない。
17年前に分けられた暖簾の一つが、返上されて消えて行く。
サイトで調べてびっくりしたが
吉兆グループの一つ、本吉兆や京都吉兆は
食事代42,000円~、船場吉兆で36,750円~。
それだけの対価を払って、料理と、場所と、サービスを味わっているということか。
となると、そこに出される使い回しのアユの塩焼きは、たとえ無傷でも
既に他人が味わい終わった「賞味期限切れ」の品物だったとも言える気がする。
待てよ、と記憶をたどった。
この船場吉兆のサービスを、幸運にも無料で味わったことがある。
-----------------------------------------
入社して丁度一年が経とうとしていた3月28日、
私は大きな荷物を二つ抱えて、大阪船場を走っていた。
一つは花束、一つは高い壷と旅行券。
その日、一人の女性販売所長の勇退を慰労・感謝するために
本吉兆での宴が予定されていた。
自分が持っているもの、行くところの高価さは
当時考える余裕もなかったが、さすがに遅刻はまずい。
先輩が、ネットで調べたメモの住所へ走って…ギリギリセーフ!
ところが。
「ご予約は、頂戴していないようなのですが」
息の上がった私は「えっ?」と返すのが精一杯だった。
慌てて部長に電話すると、何をやってる、とぴしゃりと怒られた。
予約されていたのは、本吉兆(高麗橋)だったのだ。
ふえぇ…高麗橋ってどこよ?これじゃぁ間に合わないよ。。。
おろおろしていたその時、奥から和服姿の女性が現れて、
そばにいた割烹着姿の男性に「送って差し上げなさい」と言って下さった。
暗かったし必死だったしで、顔は覚えていない。
もしかして、あれは当時の湯木社長夫人だったのだろうか。
私はその女性にお礼を連呼して、荷物を担いで車に飛び乗った。
車内にて、助手席でひたすら頭を下げる私に割烹着のお兄さんは首を振った。
「いいんですよ。商売は一期一会と言いますが…
お宅がウチに間違えて来て下さったのも何かのご縁です。
ウチは高級料亭だけど、少しでも多くのお客様に
楽しんで頂きたいから、お昼はランチもやってるんですよ。
次は、きっと召し上がりに来て下さい。」と笑顔で話して下さった。
ほどなく、本吉兆に着いた。幸い、部長も所長も先輩も来ておらず、
何事もなかったかのように3人を迎えた。
所長の後ろを歩いて来た先輩が、目で「ごめんな」と言っていた。
静かに首を振って返したが、先輩のお陰で大きな得をした、と思った。
いつか自分の器が大きくなったら、船場吉兆の料理を味わいに
行こう。その時、そう決めたのを覚えている。
宴は恙無く進んだ。
ウン万円する料理を何も考えずにパクパク食べていたかもしれないが、
頭の端でさっきのお店のことが気になっていた。
帰り、部長にそのことを伝えたら、笑って「良かったな」と仰っていた。
------------------------------------
行っていたことは決して許されない。
けれど、船場吉兆の本来の「心」は、あくまで清く澄んだおもてなしの精神であって
それは、健全に引き継がれていたのだと思う。
あの日決めた一つの決心。
もう叶わないのかと思うと、とても残念だ。
当時の日記。わたし、文章まで老けたなぁ…↓
http://clearwater-t.blog.drecom.jp/monthly/200603/
この事実を知ったのは、訪店に向かう途中で寄った草津駅のキヨスクで。
手に取った夕刊に、うつむく湯木社長の姿があった。
消費期限偽装・産地偽装・料理の使いまわし
これまでの報道を見れば、お客さんが遠ざかっていくのも仕方がない。
17年前に分けられた暖簾の一つが、返上されて消えて行く。
サイトで調べてびっくりしたが
吉兆グループの一つ、本吉兆や京都吉兆は
食事代42,000円~、船場吉兆で36,750円~。
それだけの対価を払って、料理と、場所と、サービスを味わっているということか。
となると、そこに出される使い回しのアユの塩焼きは、たとえ無傷でも
既に他人が味わい終わった「賞味期限切れ」の品物だったとも言える気がする。
待てよ、と記憶をたどった。
この船場吉兆のサービスを、幸運にも無料で味わったことがある。
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入社して丁度一年が経とうとしていた3月28日、
私は大きな荷物を二つ抱えて、大阪船場を走っていた。
一つは花束、一つは高い壷と旅行券。
その日、一人の女性販売所長の勇退を慰労・感謝するために
本吉兆での宴が予定されていた。
自分が持っているもの、行くところの高価さは
当時考える余裕もなかったが、さすがに遅刻はまずい。
先輩が、ネットで調べたメモの住所へ走って…ギリギリセーフ!
ところが。
「ご予約は、頂戴していないようなのですが」
息の上がった私は「えっ?」と返すのが精一杯だった。
慌てて部長に電話すると、何をやってる、とぴしゃりと怒られた。
予約されていたのは、本吉兆(高麗橋)だったのだ。
ふえぇ…高麗橋ってどこよ?これじゃぁ間に合わないよ。。。
おろおろしていたその時、奥から和服姿の女性が現れて、
そばにいた割烹着姿の男性に「送って差し上げなさい」と言って下さった。
暗かったし必死だったしで、顔は覚えていない。
もしかして、あれは当時の湯木社長夫人だったのだろうか。
私はその女性にお礼を連呼して、荷物を担いで車に飛び乗った。
車内にて、助手席でひたすら頭を下げる私に割烹着のお兄さんは首を振った。
「いいんですよ。商売は一期一会と言いますが…
お宅がウチに間違えて来て下さったのも何かのご縁です。
ウチは高級料亭だけど、少しでも多くのお客様に
楽しんで頂きたいから、お昼はランチもやってるんですよ。
次は、きっと召し上がりに来て下さい。」と笑顔で話して下さった。
ほどなく、本吉兆に着いた。幸い、部長も所長も先輩も来ておらず、
何事もなかったかのように3人を迎えた。
所長の後ろを歩いて来た先輩が、目で「ごめんな」と言っていた。
静かに首を振って返したが、先輩のお陰で大きな得をした、と思った。
いつか自分の器が大きくなったら、船場吉兆の料理を味わいに
行こう。その時、そう決めたのを覚えている。
宴は恙無く進んだ。
ウン万円する料理を何も考えずにパクパク食べていたかもしれないが、
頭の端でさっきのお店のことが気になっていた。
帰り、部長にそのことを伝えたら、笑って「良かったな」と仰っていた。
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行っていたことは決して許されない。
けれど、船場吉兆の本来の「心」は、あくまで清く澄んだおもてなしの精神であって
それは、健全に引き継がれていたのだと思う。
あの日決めた一つの決心。
もう叶わないのかと思うと、とても残念だ。
当時の日記。わたし、文章まで老けたなぁ…↓
http://clearwater-t.blog.drecom.jp/monthly/200603/