自分が関わる世界は自分次第で確実によくなる。
そのために必要なのは、本質に沿って生きること。
それは、本質に沿わない生き方をも否定、批判しないこと。
「世界をよりよくするために」というテーマでこのように書き進めてきました。
「批判しない」は、この先記事を書く上で自分自身への戒めでもあり、だからこそ初めの方で言及したわけです。
上記を確認した上で、本題に入りましょう。
それは今起きている「明らかにおかしい」ことに関して、スピリチュアルや人生をよりよく生きる的なテーマの業界の人が、スルーして見えるという「違和感」です。
「スピリチュアルや人生をよくする・・」業界とは、魂のような本質的自己を高めることを目的とする、割り合い本気度の高い一群です。
仮に現実的な欲求を叶える目的でスピリチュアルを手段として用いる立ち位置なら、お金儲けとしてスピリチュアルを売っていても、何とも思いません。
そうではなく、本気で(例えば、魂レベルで)人生をよくしようと呼び掛けていながら、今目の前にある重大な出来事について、まるで存在しないように全く触れないことが違和感なのです。
どうして重大かといえば、私たちや後の世代の命や未来に直接関わるようなことだからです。
多すぎてここでは書き切れませんが、1つだけ具体例を挙げると、新型コロナに関連して、
- 「予防接種健康被害救済制度」において、今夏、新型コロナワクチンの被害認定数が、過去45年間の全てのワクチンの累計を上回る
- オミクロン株に変異した2022年以降、全世代の重症化率は急低下してほぼゼロ(0.0%近辺で推移)
- 2021年以降の超過死亡者数が数十万人に及ぶ
- 政府はいまだに新規接種を中止せず推奨し、大手マスコミはこれらをほとんど報道しない
以上は明らかな事実です。
これだけでも、裏で世界観がひっくり返るほどの重大事が起きていると推測されます。
何事もなかったように、過ごしていていいんでしょうか?それは自分を偽ることでは?
と、ここまで書き進めてきて、気づいたことがあります。
それは最初に感じた「違和感」の正体です。
一体何が気持ち悪いのか。
本格的なスピリチュアルに見えるのに、命に関わる重大な出来事をスルーできてしまうメンタリティ。
本質的な方向を向いていながら、そうではない言動のチグハグさ、「一貫性のなさ」です。
お金のためにスピリチュアルを謳う人に対して何とも思わなかったのは、その人はそれで一貫性が取れているから。
冒頭書いたように、この記事はそもそも批判が目的ではありません。
また、一部のスピリチュアル業界に私が違和感を感じたのは、あくまで私の主観です。
その人たちが実際どうかは、私の内面の反応とは全く関係ないのです。
もしかしたら、メルマガや広告など不特定の人が目にする媒体には万人ウケすることだけを書いて、クローズドな信頼関係が築ける場で踏み込んだことを伝えているかもしれません。
あるいはその人自身が成長のプロセス途上で、一貫した生き方をするタイミングがもうすぐ訪れるのかもしれません。
であれば、私の感じたことは何の正当性もありません。
そうでなくても、人には抱えている事情があり、他人がとやかく言ってもしかたのないことです。
そうやって自分なりに納得すれば、人を批判する気が失せます。それでいいのです。
むしろ批判するのが怖いのは、他人を悪者にして自分を正しい位置に置くことで安心してしまい、自分が変わろうとしなくなることです。
今回の場合、「一貫性のなさ」に居心地の悪さを感じたのは、自分の中に同じものがあり、今まさに自分の進歩を止める課題となっているから目の前に現れたと捉えています。
きっとその原因となっている、恐れや思い込みがあるのでしょう。
それが何かを探って取り除くことで、一貫性が高まり、自分をよりよく変えることが可能です。
今回は、「批判しない」で自分のために利用するケーススタディになったのではないと思います。
違和感を感じた原因は、もう一つ、私が「多くの人が本質的な生き方をする社会の到来を願っている」からです。
これについては、どんな人もいずれはそうなるために生きていると思うので、よしとします。
ただ、急かしてしまうことで、その人なりのペースを乱さないよう留意ようと思います。
