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THE CLEARING DAY

わが家のお掃除を、本腰を入れて始めたのだ!!

こころもからだもくりあ~でいくよ!!

今日はのんびりお昼寝をしていたら、


午前中までざわついていた内面が、


ふわ~っとゆったりしてきて、


意識がリラックスすると、こんなに至福なのかと、


あらためて、感じさせられました☆



リラックスしたくても、


頭とか、心とかが騒がしいと、


ゆったりくつろいでいる、


という状態とは、違ってきますよね。



そういうときって、たぶん、


潜在意識にあったものが出てきていたり、


はたまた、気候の変化にざわついていたり、


自律神経のバランスが乱れていたり、


いろいろあるかと思うのです。



だから、今の状態を「知る」ことって、


とっても、大事ですね。



今の自分に、何が起こっているのか。


「考える」のではなく、「観察する」のです。



私の場合は、今朝、いきなり甘いものを好んで食べ始め、


さらに、テレビとかパソコンとか、


音と映像のあるものを無性に欲しました。



さみしい、という気持ちが、強く出ていたのです。



これは、潜在意識から、


つまり、過去からきている感情だな、と思ったものの、


しばらくたっても、ざわつきが自分を支配したままだったので、


少し、楽にしてあげようと思い、


リラックスできるCDを聞きながら、お昼寝したのです。



効果てきめんでした☆



といっても、これがいつも効果があるとは限りません。



ただ、今、この私にしてあげられる一番いいことって何かな、


って考えてあげられると、


その選んだものが何であれ、


ざわついていた自分は、喜んでくれるみたいです☆



アフォメーションってありますよね。


自分が叶えたい!と思うことを言葉にして、


毎日、唱えてみる、という。



わたしね、信じてなかったんです。


そんなことで叶うわけないって思っていたから。



けど、最近、思考を観察してたら、


なんとなく、しくみがわかってきたような気が・・・。



つまり、アフォメーションって、


「自分の思考の表れ」として


とらえてみたらいいのかなって。



なぜかというと、


わたくし最近、思考を観察していたら、


起こってほしくないことばかり、考えていたことが、


わかってしまったのです・・・!!!



無意識だったから、


今までは、気づかなかったのです。



ナポレオン・ヒル曰く、


「思考は現実化する」ですよね??



「ほら、やっぱりこうなっちゃった」


っていうことが起こったときは、


それは、かなりの確率で、


自分の思考が現実化した結果だと思っていい、



ということが、


わかってしまいました。



つまり、心配したら、


心配が現実になるよう、


エネルギーを送っていることになるんですね。




だから、起こってほしくないことは、


考えなくて、いいみたいです。



そのかわりに、今の生活の中で、


感謝できることに、エネルギーを向けるといいみたい。



休める時間があってありがたいなあ、とか、


雨風をしのげる家があってありがとう、とか


不安に注いでいたエネルギーを、


「今の自分」の周りに与えられているものへの


感謝へのエネルギーに変えてしまうんです。



ちょうど、方向転換するような感じでしょうか。



すると、自分がかなえたいと思っていることへ、


エネルギーを注ぐ基盤ができあがってくるので、


その上で、叶えたいことを「言葉に出して」唱えると、


それに向かって、自分のエネルギーが注がれるんですね。



だから、願いが叶う。



なんとなく、自分の中で、腑に落ちたんです。



自分の思考や言動はすべて、


文字通り、ほんとうに、自分の未来を創っているらしい。



思考や言動は、行動と同じように、あるいはそれ以上に、


わたしたちの人生を、文字通り、形作っているらしい。



そうなるとね、


使う言葉、気をつけるようになるんですよね。



あと、自分がいま何を考えているのか、


気をつけるようになるんですよね。



意識的に考えているというよりは、


頭の中で勝手に流れている思考のほうですね。



全部、私たちの人生、創ってくれているようです(笑)



まあ、なにはともあれ、


深呼吸して、気持ちよく今にいるのが、


自分が一番心地いい在り方なんだなって、


あらためて、思いました(笑)☆

今日は、アボカドを食べながら、


ブログを書いています☆




以前は、甘いものが大好きで、


(まあ、今でも好きなんですけどね笑)


疲れたら、甘いものに手を伸ばしていたのですが、


そうすると、かえって疲れてしまうことがわかったので、


今日は、食べる美容液に手を伸ばしました(^^)



お砂糖って、身体の栄養分を、


どういうわけか、奪ってしまうんですって。


よく、ケーキを食べたときは、野菜ジュースを飲みなさいって、


あれ、こういうことだったんですね。



あと、疲れたとき、ラーメン食べたくなってたのですが、


これも、精製された炭水化物の代表らしく、


血糖値を急激に上げてしまうらしいんです。



すると、上がった後は、下がるわけで、


それも、急激に下がるわけで、


そんなことをしていると、


自律神経のバランスが、乱れてしまうらしいんですね。



私は、ラーメン&甘いもの生活をしていたとき、


ほとんど人格が変わりかけ(笑)、意識がもうろうとなってしまい、


日常生活を送るのさえ困難だったことがあるので、


この理論は経験上、身に染みているのです(^^;)



まあ、そのことがあったから、


栄養について、知ることができたんですけどね。



話は変わりますが、


私は小さい頃、森で動物たちと一緒に、


木の実を食べて暮らしたいと思っていました(^^)



そして今、私の戸棚の中には、


アーモンド、クルミ、カシューナッツが常備されています(笑)



間食にナッツは、栄養学的にも合ってたんです!


自然の蛋白質だから、間食にはいいみたい☆



そして、今でもケーキにときめく私は、


玄米を主食とする食事をきちんととってから、


甘いものを食べるようにしています。


(前は、主食がわりにしていた^^;)



身体にも栄養、ちゃんとあげて、


こころも元気に、いきましょう☆





昨日に引き続き、


自分の思い通りになっていないことを考えてみました。



うーん・・・


・・・身体を動かすことを、習慣にすること、かな。


(それで引き締まった身体になって、


水着が似合うプロポーションになっていること笑)



いまだに、叶ってないなあ~(笑)



やせるとか引き締まるとかして、


それが持続している状態ですね。



では、いってみましょうか。



「運動しないことで、どんなメリットがあるんだろう?」



すらすらとノートに書かれた答えは・・・



1.「そのイメージは、わたしにはふさわしくない」


2.「できるイメージは、想像できない」


3.「だってわたしは、何もできてこなかったから」


4.「運動ができる人=積極的に物事に関わる人」


5.「私は積極的じゃない。だってこわいから」


6.「積極的にやったら、あんなことになったから」


7.「消極的でいたいの。怖い思いはしたくないから」



でるわでるわ~



つまり、私の中の「運動ができる人」のイメージに、


わたし自身は、当てはまらないと、


「勝手に」わたしが、判断しているわけですね。


すなわち、わたしの思考に「除外」されているわけですね(笑)



では、検証してみましょうか。

まず、1は、思い込みでしょ。


2は、できないんなら想像しなくても別にいいですね。


3は、ありえない。何もって、何ですか??


4は、私の中のイメージですね。


5は、流しておきましょ。


6は、・・・積極的だったってことでは?!5はなしですね。


7は、あ~、トラウマがあるわけですね。



みたいな感じ??



ちなみに、6の「ああなったから」っていうのは、


5年前、初めて就職をしたとき、めちゃくちゃ頑張ったのに、


成果が上がるどころか、倒れちゃって、


仕事を辞めた経験があるんですね。



そんなことがあったので、


頑張れば、何とかなると思っていた私は、


その先どう生きていったらいいのか、わからなくなり、


精神的に、路頭に迷った時期があったのです。



その時の感情が、


3の「何もできないから」に凝縮されていたのかな。



なるほど。



つまり、


積極的に物事に関わる姿勢を、自分の中に認めたときに、


運動が似合う人に、私はなっている、というわけですね。



さて、さらに検証してみますね。



わたしって、消極的なのでしょうか??



事実と照らし合わせてみます。



昨日と今日はやっていないけど、


朝起きたら、ヨガと腹筋と背筋は、実はしてますね。


回数も、100回くらいなので、


これは私にとっては、がんばっている方なんですね!



・・・積極的に、運動しているのでは?



「でも結果が出ない!!


と叫ぶ声が聞こえますね。



やっているけど、結果が出ない?



おそらく、それは、


始めてからまだ、2か月くらいしかたっていないからでは??



単純に、時間の問題では??



そうか!


じゃあ、続けてみればいいだけなんだ!!



というわけで、解決~!!(笑)



きっと私の中には、


運動ができる人=運動部だった人


というイメージがあり、



運動部の人がこなした運動量と比べたら、


確かに、わたしのはウォーミングアップくらいなものでしょうから、


そう見てしまうと、全然、及ばないですね(笑)



けど、めっちゃ文系かつ文化部だった人間が、


いきなりそんな量なんてこなせない!!!


のも、事実。



事実は事実として認めて、


できるところから、できることをやっていく、


これって、積極的な態度じゃないんでしょうか??



・・・って、自分に語りかけていくわけです。


丁寧に、語りかけていくんです。



・・・そうすると、そうかもしれない、と、


思い始めるわけです!!(笑)



でも、嘘言っていないですよね??


事実を検証していっただけですよね??



頭の中や、感情の中で、思い込んでいること、


一回そのまま、言わせてあげて、


もう一度、検証してあげたら、



「ない」と思っていたこと


「できない」と思っていたこと



もうすでに「あった」り、


もうすでに「やっていた」り、



しているかも、しれませんね☆




こんなコラムを読みまして


http://www.kokoro-ya.jp/article/13226287.html


最後の一文を読みまして、


さて、なんでしょう、と思い、


さっそく、ノートを開きました。




まず、思い通りにいっていないものは・・・


そうだな・・・経済力!(笑)



「経済力がなかったら?(得られるメリットは何?)」


書いた瞬間、ピン!と湧いて出た言葉。


「守ってもらえる。保護してもらえる」



・・・えっ???(なんでやねん?!)



・・・あ、そういうことか(^^;)



これ、たぶん小さいころの記憶ですね。


守ってもらいたかったのかあ。でも、どんなふうに?



「それだけあなたは大切な存在だよって、


 わからせてほしかった。」


「わたしは、自分が価値がある存在だとは、


 感じることができないから、


 そうだよって、言ってほしかった。


 感じさせてほしかった」



小さい子と話しているような感覚と共に、


言葉が書きつづられていくんですね。




こういうとき、


出てくる言葉、感情を、


ただ、受け入れることを


わたしは最近、学びました。



以前は、抵抗があったんです。



守られたいなんて、時代錯誤だよ、とかいって、


そういう言葉が出るのを、押しとどめてしまっていたんです。



けれど、私が学んだことは、


相手に、言いたいことを言わせてあげないと、


何に苦しんでいるのかさえ、


わたしには、理解できない、ということだったんですね。



そして、その理解できていない相手というのは、


なにをかくそう、わたし自身だったりして。



理解したいと思いました。



わたしに何が、起きているのか。



だから、いろんな抵抗をやめて、


まず、話を聞こうと思いました。



自分の中から、出てくる言葉を、


なにがあっても、


まずは、受け入れてあげようと思ったんですね。



自分が、じぶんの、


お母さんになるような感覚です。



人って、話を聞いてもらうだけで、


どういうわけか、楽になることがありますよね。


問題としてあったものが、


いつのまにか、なくなっているんです。



だから、こういうときっていうのは、


自分の中の声を聴いてあげるだけで、


問題は、なくなります。



ずっと、長い間、


わたしによって、聴かれることのなかった、


わたし自身の、言葉なんですね。




で、言葉を聞いた後、


ありがとう、愛しています、


という、魔法の言葉を唱えていたら、


「わたしは、生きていていいんだなあ」


って言葉が、胸の中から聞こえてきました。



あたりまえじゃん、って、わたしが言います。


けれど、そう「感じる」ことが、


ずっと、できずにいたんですね。



「感じる」こと。


これが、大切みたいですよ。




愛されてる


生きている価値がある


能力がある


などなど、と、


「感じられない」自分がいたとしたら、



もしかしたら、これを読んでくれている方の中にも、


「感じたいよ!」


と、叫んでいるあなたが、いるかもしれません。



感じられないって、苦しいです。


だから、感じられないことを認めること自体が、


嫌だったり、苦しかったりします。



でも、どうせ苦しいんなら、


さっさと、終わりにしませんか?



自分が自分のお母さんになって、


何をいっても、笑顔で聞いてくれて、


ふわっと、抱きしめてくれる存在になって、


ただ、話を聞いて、


感情を、抱きしめてあげてみてください。



少しずつ、癒されていきます。



もちろん、その準備ができたときでOK!



そうすると、少しだけ、


自分の中に、ほっこりとした場所ができます。


そのほっこりが、感謝の気持ちを湧かせて、


あなたをまた、一層輝かせますよ☆