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THE CLEARING DAY

わが家のお掃除を、本腰を入れて始めたのだ!!

こころもからだもくりあ~でいくよ!!

私は、5年前あたりから、


夜、部屋の明かりを、暗めにしています。



ものを書くときは、デスクライトを使うのですが、


白い光は使いません。


黄色い、温かみのある色を使います。



もっと言うと、


部屋を片付けたりする時以外は、


夜は、デスクライトのみか、


あるいは、アロマライトのみにしています。




どうしてかというと、


身体の調子がよくなかった時期に、蛍光灯の下にいたら、


なんとなく、身体が、というか、


神経が、疲れてしまったんですね。


特に、夜の蛍光灯は。




なので、夜は夜らしく、


ほんのりとした明かりで過ごすことにしました。


自律神経の切り替えにも、いいと思います。


個人的には、ろうそくのような色の光が、


夜には似合うなあと思っています。



ちなみに、私のアロマライトは、


ピンクのガラスでできているので、


明かりをつけると、ほんのりピンク色の、


やわらかい光がこぼれます。



これも、小さい時の記憶なのでしょうか。


夜、真っ暗にして寝るのが、心細く感じるときがあります。


そういうときは、このアロマライトをつけっぱなしにして、


植物の香りと、やわらかな光とともに、おやすみします。



おどろくほど、ぐっすり休めますよ☆



昼は、太陽の光で


夜は、ぬくもりのある明かりで


過ごす一日は



わたしにとって、至福の時間です☆




芸術祭の会場で、


書をされている、原田嘉代さんとおっしゃる方にお会いしました。



真っ白な背景に流れる、黒い線。



作品を拝見しながら感じたことは、



書というのは、陰と陽の調和の表現なのかもしれない、



ということ。



空白と線とが、お互いの存在を尊重して初めて、


一つの作品になりうるのです。





ブログでも書いたとおり、


最近の私は、やりたいことが次から次へと出てきて、


うきうきと、春めいていたのです



なぜか入院する夢を見たり、


どことない苦しさをも感じたので、



ふと、


「何もしない時間を大切にする」


ことにしたのでした。



もっと正確にいうと、


「意識を空白であらしめる」


と、いうことでしょうか。




たとえば、手帳を見たとき、


空白の部分があると、何か予定を入れたくなったりしませんか?



わたしは、例によって、


次の休みは何をしようかなドキドキと、ルンルン気分でいました(^^)



そして、それをやめることにしたとき、


かわりにわたしがしたことは、




空白の部分に、空白を入れること、


だったのです。



言葉を変えれば、



空白を、空白であらしめること、


だったのです。




予定がない状態にしていても、


パソコンを開いたり、食事をしたり、


何かしら、動いていたりするものです。



ただ、わたしが意識したことは、


この時間、わたしは、


空白の中で生きる


ということでした。



意識を、空白にあらしめるのです。



必要最低限のことはしながら、


意識が、そのようにあると、


もうひとつの活動が、なされている感じがします。



つまり、「陰」の活動です。



空白を有らしめることで、


目に見える活動に、バランスを与えるのです。



目に見える活動を陽とすると、


目に見えない活動は、陰ということになりますね。



たとえば、


最近活動的であったわたしは、


おそらく、陽の力が活発だったのでしょう。



勢いがあるときは、動きたくなるものです


何かをしないでいるより、何かをしていたくなるものです。



そこにあえて、陰を与えるのです。



どうしてか。




車輪を思い浮かべてみてください。


2つが、一つの棒でつながっています。



一方が、勢いよく回りだしました。


もうひとつは、止まったままです。



さて、どういう状態になっているでしょうか?




・・・答えは、


同じところを、ぐるぐると回っているのです。




回っていないほうを支点として、


円を描くように、もう一方が回っています。


ぐるぐると、同じところを、すごい勢いで。



勢いはあるのですが、なぜか疲れてしまう理由です。




そこに、陰の力を与えます。


意識を空白であらしめます。



すると、陽の勢いがおさまって、


陰の車輪が、回り始めます。



何が起きていると思いますか?




・・・前に進んでいるのです。




生活をしていくうえで、


この両輪のバランスをとることが、


実は、とても大切なのかも、


と、思いました。




活動的な時は、


何もしないなんて、って思うでしょう?



けれど、空白があるからこそ、


活動が、なしえるとしたら、



空白を尊重すれば、


活動も、尊重されるはずですよね?



そして、実はそうして初めて、


やっと、前に進めるのかもしれない。




この、陰と陽のバランスも、


生きていくうえでの、知恵なのかもしれないなあ、と、


書の作品を見ながら、感じました。




これ、帰りの自転車に乗りながら、考えていたこと☆


またまた、私の中でのヒットアイディアです☆(^^)




昨日はせんだいメディアテークにて芸術鑑賞ラブラブ


6Fギャラリーにて、8日(火)まで、


130もの芸術家さんによる作品が展示されているんですよ~☆



私が今回お会いしに行ったのはこの方(^^)




海を描く画家 外立とし江さん



そして、作品はこちら





「天使たちのささやき」


(携帯ではうまく撮れなかったのが残念!!)



この写真だと、その素晴らしさがなかなか伝わらないので、


みなさんはぜひ、実際に本物をご覧になってください。


メディアテーク6F ギャラリーにて。8日までですよ~。




私がいつも感じるのは、


外立さんの描く絵は、「絵」ではない!!(笑)



絵具から生まれたとはとても思えないのです。




私が初めて、外立さんとお会いしたのは3,4年前のこと。


ふと、メディアテーク隣のギャラリーに立ち寄ったのがきっかけでした。



正直、わたしは芸術には疎いと思っていて(笑)


美術館ですら、あまり行かない方なのですが、


そのときはどういうわけか、わざわざ中に入っていったのですね。



そして、魅かれてしまったのです。


この作品と




この作品に。




(絵を撮影しているわたしが映ってしまってすみません^^:)



そして、あまりの美しさに、


なんと、2つとも、購入してしまったのです。





わたし、今回改めて外立さんの作品を拝見して、


なんとなく、あのときの理由がわかったような気がしました。



わたしは、学術的なことや、技術的なことはほとんど知りません。



そのかわり、自然のものや、生命力を感じるものに関しては、


かなり、敏感なほうなのです。



外立さんの作品は、


「絵具から生まれた絵」ではなくて、


自然の中にある生命の美しさが、「宿された」もの。



生命がもつ神秘、深さ、


絶え間なく変化していく息遣い、


始まり、終わり、どちらでもないもの



そういうすべてが、凝縮されていて、


生命の魂や、精霊のような、


本質のようなものが、


そのまま、宿されたような、


そんな躍動感があるのです。



最終日にもう一度足を運んでまで、


絵に魅かれてしまった理由は、


きっと、これなのかもしれない、と感じました。



今年は10月ごろに個展を開かれるそう☆


東京にお住まいの方は、ぜひ行かれてみてくださいね☆




暖かくなってきましたね☆


仙台ではそろそろ、桜が咲き始めるかな?


お花見、したい!!(^^)



以前、友達と一緒に


塩釜神社の桜の下で、ピクニックをしました。


大きな桜に抱かれて、見上げると青空と花が見えて、


至福のひとときでしたよ~。



今年の春は、どういうわけか、


やりたいことが次から次へと、


湧き出ているんですね。



それを一回、形にしてみたいなあ、


と、思い立ちました。



コラージュって、知ってます?



アフォメーションの視覚版のようなもので、


自分の好きなものの写真を集めて、


ぺたぺた紙に張り付けていくんです。


宝地図という名称でも、話題になりましたね。



これもまた、やったことはあるんですけれど、


アフォメーションと同じで、どうせ、効かないだろうと、


高をくくっていたんですね。



「どうせ、効かないだろう」と思っていたから、


効かなかったんでしょうね、きっと(^^;)



けれど、自分が発したものは、自分に返ってくるらしい、


ということがわかり始めた今となっては、


これも、あらためて、やってみたくなったのです。



今、現在の自分は、


どういうものに、意識を合わせたいと感じているのか、


という、認識の作業、とも言いましょうか。



これに意識を合わせたい、という方向性ができると、


意識って、その通りにちゃんと動いてくれるし、


さらに、コラージュは、形として残るので、


毎日、それを目にすることで、


意識の針を、合わせることにもなるのですね。



というわけで、やってみようかなと思っています。



春だし、新しいことを始めるにはいい季節でしょう?


そのための、意識の設計図を作ってあげるような感じかしら?



言葉でいうより、きっと面白いと思うの!(笑)


みなさんも、やってみません?


ていうか、仙台に住んでいる人いたら、一緒にやりたい!(笑)



テーマを4つくらい決めて、紙を四等分して、


(わたしは大きなコルクボードがあるのでそれを使います!笑)


雑誌とかネットから画像を拾ってきて、


ぺたぺたぺたぺた!!!



今度の週末はぜひ、


お試しあれ!!!

何かをずっと我慢していると、


それが限界に達したとき、ブレーカーが落ちて、


うつという症状となってあらわれる、らしいです。



なにが、やっかいかというと、


その「我慢」しているものがなんなのか、


自分では、まったく自覚がない場合が多い、


ということですね。



そういう症状が出て、初めて、


見てこなかった自分の姿を、


見ていく機会を与えられている気がします。



では、自覚のないものを、どう自覚するのか。



ひとつは、第三者に客観的な意見をもらうこと。


これには、プロのカウンセリングが適切だと思います。


自分の歴史を紐解いていく感じでしょうか。




わたしが今考えている、もうひとつのことは、


自分が無意識に避けていることが、


「観察」によって、意識に上るようになったら、


それに、向かって行ってはどうだろう?


ということです。



まだ、発案段階なので、


これから、実験していくのですが、


たとえば、「お金」や「時間」を言い訳にして、


やってこなかったことに気付く、ということ。



心理的なことに関しては、


たとえば、私の場合だと、


女性らしい服装や外見をすることを、


(お金を言い訳にして)避けている?


という可能性が見えたので、


これにおもいっきり、トライしてみる、とかですね。



こういうものって、


意識を静かにしていないと、なかなか気づかないんですよね。



自分の内側に流れる、深い河に気づいて、


その流れを感じると、それだけで、


わたしは、ざわついたりします。



その河を感じて、その言語を読み取れるようになったら、


わたしたちはもっと、わたしたちになり、


私たちの存在を知っていくんだろうなって、


そんな気がしました。



気分がわくわく、浮き立つようなことって、


春らしくて、いいですよね☆



けれど、自分をざわつかせる何かに気づいて、


それを見ていくこと、受け入れること、


そして、実際に、行動していくことで、


何かが、確かに大きく変わっていく予感がして、



そういう意味で、今年の春は、


わたしはとても、わくわくしています☆