父がなくなって半年が過ぎた。
あっという間のような気もするし、苦しかった気もする。
とりあえず、やるしかない状況は続いている。
それに、救われている。
葬儀から相続手続き。
お寺とのやりとり。
お金の管理に支払い手続きの整理と移行。
母の生活の組み立てに、自分の就活。
同居の難しさに加えて、頼れる親族がいない。
押しつぶされそうだった。
だけど、実は一番大変で難しくしているのは
「自分自身」の癖。
とにかく、そのことをつきつけられ続けている。
自分で変えられるし、客観的な状況は恵まれていると思う。
それは、父と母が、これまで生きてきた「徳」のようなものだと思うし、
父が現実的に準備をしてくれていたからだ。
父に最後、委ねられたのは母のことだ。
「お母さんを頼むな」
現実は、母を毎日苦しめている。
感情的になって、ぶつけてしまう。感情に振り回されている。
感情的になれば、向き合うことはできない。
一方的に、自分を、正しさを押し付けているだけになる。
だから、本当に良い稽古相手でもある。
私は、母を絶対に大切にしたい。
それを体現したい。
母が死ぬときに、生きてきてよかったと笑ってほしい。
そのために、自分に不必要なことを外していくしかない。
簡単ではない。
具体的に、具体的に、考え、行動するしかない。
曖昧にしておけば、あっという間に感情に持っていかれる。
仕事も時間がかかりそうだが、少しづつ繋がりができてきた。
めちゃめちゃ素敵なおっちゃんに出会った。
地元で少しづつ声をかけてもらるようになった。
福祉職にもどらず、山仕事を目指したのは、
自分の課題にぴったりだと思ったことも大きい。
あれこれ頭で理屈をこね回すのではなく、目の前のことに取り組む。
結果がわかりやすい。そして、背後に広大な自然が広がっている。
自分は、ちっぽけなその中で生きている一つの人間の命にすぎない。
小難しいことの前に、とりあえず、汗水垂らして働くこと。
それを自分に課した。
最後になったが、昨日AUの電話対応にブチ切れた。
実は、父の携帯の解約をしにドコモショップにいったときにもブチ切れた。
携帯ショップで怒り狂うことが多い。
客をバカにしたような対応をしてくるアホな店員が多い。
だがだが、全くの時間の無駄だし、一向に手続きが進まなくなる。
疲れる。それなのに繰り返す。
昨日は、感情的になりながら、これを母にぶつけているのかと気がついた。
とんでもないことだ。
80になった、年老いた母に、女性に、一方的に怒りをぶつけている自分。
思い通りにならず、気に入らないだけだろう。
母が、安心して自宅で生活できるように、自分を整えていこう。
それが、あらゆることのこれからの基礎になると思う。