色々なことが起こりすぎて

頭の整理が追い付いていないままだ。

 

8月で仕事をやめ、実家に帰っていた。

体調を崩していた親父を連れて

専門医のいる大きな病院を受診したら

そのまま、緊急入院となってしまった。

 

糖尿の治療だったが、原因が不明だった。

数か月前から、血糖値の急激な上昇と

体重の急激な減り方があったと話を聞いていた。

本当に深刻な状況だったが、深刻に話す父に

相変わらず寄り添うことができなかった。

 

入院中、超音波検査で肝臓に腫瘍がみつかった。

ガンのマーカーの数値は低かったので

加齢による膵臓の機能低下が原因だろうと

親父からも担当医師からも説明をうけた。
だが、MRI検査でガンが見つかった。

 

肝臓は転移性のガンで

膵臓が大元であるらしかった。

明日、消化器外科の先生から家族で説明を受ける。

 

母親の認知症もまぁまぁ進んでいる様子。

まだ身辺の自立は大丈夫。

しかし、買い物や家の整理、時間の管理は困難。

介護サービスを使いながらの在宅生活を組み立てていく必要があるだろう。

 

膵臓癌は、予後が驚くほど悪かった。

余命宣告をされるかもしれない。

医師がそれをやることはどうかと思うが

親父は、それを望んでいた。

延命のためだけの抗がん剤等の治療も

今はやるつもりはない。

 

9月からの転職の話が、社長への迂闊な発言から白紙になり、

職場の関係者に、就職をお願いしてみたが、だめだった。

ショックだったし、自分の考えがほとほと甘かったことに

ようやっと気が付いた。

退職した後に、自分がやってきた職務の態度は、再雇用したいとおもう

人材ではなかった、ということだ。

代表に嚙みついた件も知れ渡り、相談員同士で言い合ったこと、

意見としてだったが主張したことが、すべてがネガティブな理由になっていた。

 

という、一面もあったが

Hulaの先生から、「埼玉に呼ばれている気がする」と言われ

帰る直前に、恩師より栃木へのご参拝に誘われて

とんでもない数日を過ごして

すべてをひっくり返してやりなおすことを決めた。

 

その直後に、親父のガンがはっきりした。

 

書いても、まだ頭と現実と気持ちがばらばらだ。

だが、沖縄を離れようと思う。

 

老いた両親を前に

相変わらずの憎まれ口だが

それでも、やれることをやろうと思う。

この人たちがいたから、僕は沖縄での生活を送ることが

できたのだから。経験をすることができたのだから。

 

死ぬ、ということ。

こんなに早く突きつけられるとは思っていなかった。

本当に、お別れは来てしまうんだ。

 

自分を横においてしまうしかない。