愚痴、不平不満を言う。

それも日々を乗り切るには必要。

ただ、そればかりではまずいだろう。

自分はどうか。

 

4月からはじめた仕事だったが

8月いっぱいで退職する。

 

給与面での行き違いがあり

一人は退職を決めた。

 

職場への不満、上司への不満。

最初は見ないようにしていたが

業務の負担感も大きかった。

 

私も、退職を考えだした。

幸い、次の仕事がすぐに見つかったこともあり

早い段階で気持ちは固まっていった。

 

周囲の人にたくさん時間をいただき相談をした。

意外な周囲からの意見ももらった。

 

給与面での行き違いは、自分が考えているよりも大きなものであること。

そこの認識が幼く、当初は不平不満で捉えていた。

周囲の話を聞くうちに、当たり前だが生活に直結することであり

そこに考えが及ばない管理者と法人に不信感が募った。

ここでも、自分の思い込みは大きかった。

 

自分にとっての基準は、これまで感情的に我慢ができずに

それが爆発させてしまったことがきっかけだった。

 

結局は、感情的になる理由に対しては

自分自身向き合ってこなかった。

 

今回、この職場と仕事を続けられるのかが、問題だった。

いろいろな人の思いが重なり、それぞれと話をしながら

八方美人になったり、よくわからなくなることも多かった。

 

これは、私の弱点だと思う。

よく思われたい、嫌われたくない、怒らせたくない、

といった幼い気持ちが、はっきりあった。

 

それは、成長していない今まで通りの自分が基準になっている、

ということでもあり、そこで行動している限り、結果は同じものだ。

方程式だ。本当に人を変え場面を変え、正確に同じことをやっている。

 

今回、良かったのは

取り繕ってしまう自分に気づきながら、

起こっている問題に対して、同僚と話をしながら

どこを大切にしてすすめるかを話し合えたことだ。

 

起きていることが見えないから

周囲の人に相談して、自分で決めながら

周囲と相談して、進めていることだと思う。

 

それでも、板挟みになっていて、超めんどくさくなっている。

そこに反応して、感情的になればもとの木阿彌だ。

だけど、ずっとこうして生きてきた、、。

 

今、なにかとても重要な変化が起きた。