久しぶりになってしまった。

実家に帰って両親との旅は

なんだか、とても大切な変化のきっかけを

プレゼントしてくれた。

 

その後のワークショップ。

「大丈夫や。ちゃんと両親に愛されて

育てられてきてるんやから。何をしても大丈夫や」

 

こう、おっしゃってくれた先生の奥様の優しい笑顔。

救われた想いになった。

ここからやっ!という気持ちにもなった。

 

沖縄に戻って、施設に仕事にもどった。

8月から増やそうと思っていた別の仕事は

会社の仕事がうまくいかず、ちゅうぶらりん。

両親とお祝いの最中にお誘いいただいた電話があって

会社に見学に行って、小一時間も話し込んだ。

そちらも、バイトから様子を見ようとなったが

初日からコロナでキャンセルになって、しばしお休み。

 

10年近く前に、一緒に交流分析を学んでいた方。

ここ数年、SNSでたまに連絡をいただいたり、活動をみて

気になっていた人に、僕の方から連絡をとってお茶した。

何か単発の仕事ないかなぁという気持ちもあった。

3時間近く話し込んでしまった。

すぐに、という仕事の話はなかったけど

興味深い活動をしていらした。

もしかしたら、何かお仕事につながるかもしれない。

 

そんなこんな、今の本業の施設職員。

施設長に、都合よく勤務日数を再度増やしてよいか訪ねた。

「おれも聞きたかった、お前結局どうしたいんだよ」

と言われた。当然だ。。

 

名無し草のように、あっちにフラフラこっちにフラフラ。

 

とどめに、昨日は利用者さんから

「あなたは、みんなから噂されている。」

というようなことを、言われた。

 

こんな仕事をしていれば、よくある話だけれど

すんごい動揺してしまい、帰りのバイクも上の空。

ずっとドキドキ、不安になってしまった。

 

そんな自分にも、動揺だ。

まだこんなことを、こんなに気にするんだ。

 

そうだ。

ということは、仕事のやり方がまずいんだ。

 

個人の自分。仕事の自分。仲間の自分。

いろんな帽子があるが、入り乱れていて

自分も利用者も混乱している。

 

これは、まずい。

不安を、ユーモアにしているつもりだろうが

全然おもしろくなってないことに

気がついていない。

 

自分、に焦点があたっているのだ。

仕事に集中していない。

ということだ。

 

ここが難しいところだが

掘り下げたりなんだりは、今はいらない。

理屈をこねくり回すだけだからだ。

 

やることを明確にして

それに取り組もう。

 

「ここって、職員同士仲悪いですよね」

 

と、はっきり言ってきた利用者さん。

こういった言葉を無駄にしてはいけない。

自分も、こうみられることをしている。

甘えだし、論外だ。

 

もう一度、ふんどししめなおして

やることやろう。