夏至の奉納が行われた。

朝5時に集まって、フラのメンバーで踊った。

自分も、今回始めて一曲だけだが踊った。

冬至は見学だったから、嬉しい。

 

ブログを書くの久しぶりになってしまった。

前回書いてから、1年半ぶりに実家に帰って

いよいよ年老いた両親を前にして焦った。

 

沖縄に帰ってくると、つい忘れてしまう。

時間は確実に流れている。

 

フラをはじめたのは、ふとしたきっかけだった。

先生が沖縄に引っ越してきたのだ。

自分がなんとなく好意を寄せている女性が

フラを追いかけているのもあって

その世界を知りたかったのと

なんか話すネタになるかも、と思った。

 

しかし、はじめてみると一年続いている。

合唱も、数年続いている。

日野ワークもだ。

 

反対に、セミナー系の学びは

ほとんどやめてしまった。

 

冬至から、今日の夏至まで

何を行い、どう生活してきたか。

夏至までの間に、課題として浮かび上がったものが

今日、はっきりとした。

 

合唱でもあったレッスン中の違和感や

フラのレッスンで指摘されていること

メンバーの中にいて浮かび上がっているもの

 

夏至のテーマは「原初に還る」だった。

自分にとっての原初とは、パッションだと思った。

言葉にするのは難しいが、野生のようで

母性のおおらかさと強さと

父性の包容力が一つになったような

エネルギーの塊

大地になる前のマグマ

 

そのエネルギーは言語以前のもので

荒っぽくもあり、とても繊細で

微細なエネルギーだ。

 

浮かび上がってきた課題は

それを邪魔するものだったのだ。

このテーマをゴールとしたとき

問題として構図がはっきりした。

 

余計なこと、とはこれだ。

対人で構えること、かっこつけること

自他を責め、正しさをかざすこと

メンバーに対して、自分が嫌われていないか

不安に思い勝手にやっていること

自分で示すこと

 

夏至の朝

輪になって歌がはじまった

しばらくして、鳥が騒ぎ出した。

風が吹く。

波が打ち寄せる。

他の人達も訪れ始めている。

 

踊りが終わり、みんなで空を見上げる。

繋がっていることを

ふと思った。

関係、だ。

 

同じことをこれからやっていくが

同じ生活を営むのだが

自分の振る舞い

意識を変えることが

今必要だ。

 

肚に落とす

そして動く

 

それは、こういうことだ。

 

いつも仲良さそうに見えた先輩たちや

メンバーの人の話を聞いていたら

みんな、それぞれに修羅場だった人も多かった。

 

自分も、ここのところ

人を好きになって、その気持に素直になろうとしたら

なぜが、とても悲しくなって、涙が溢れてしまった。

実家に帰っても、なぜか涙がでてしまう。

 

自分を慈しみ、いたわってこなかった。

言葉にすれば嘘くさいが

自分がやってきたことは、やりっぱなしだ。

 

メンバーの人達が、お弁当を作ってきてくれた。

何を支持するでもなく、自然に役割が生まれ

食事が配られた。

美味しかった!楽しかった!

 

それに感激する女性たちを目の前にして

自分は、やはり自分のことばかりだったが

それでも、そのことに気がつくことができた。

もっと、このメンバーに心を開いて

原初のエネルギーで関わってみたい。

 

自分がやった!

それもいい。大事だろう。

だけど、もっと大きな循環が

巡っていたのだ。

耳を傾ければよいだけだった。

それに素直になれば

自分をどうするかなんて、考える必要もなくなる。

 

今日からまた

冬至に向けて動き出す。