昨日はサバゲーなるものに参加した。
エアガンでチームに分かれて打ち合うものだ。
中学生の頃、ずいぶんハマった。
とはいっても、あの頃は銃に興味があった。
30年近く経っている。
エアガンは電動になっていた。
やっていることは、そんなに変わらない。
それなりに楽しい。
集まるおっさんたちも、それぞれに楽しんでいた。
今日はフラのレッスン。
大きな公園に集まり、屋外で稽古した。
裸足が気持ちよく、いつもと違った気分だ。
歌を歌い、ステップを練習した。
その後は、勤務ではないが施設に行った。
スタッフ会議に参加し、議事録をとる。
その後、家族会に参加させてもらう。
施設長の回し方を勉強したいからだ。
家族は必死だ。
本人以上に必死だ。
ちょっとした言葉、ちょっとした違いが
家族の人を支えたり、逆に惑わしたりする。
その間に、いつものようにつまらないことに
気持ちが右往左往する。
つまらないこと、なのか。
ひっかかるのは、大抵自分が拒絶されていないか、だとか
自分の期待通りに他人が動いてくれないだとか
文句だとか、だ。
自分が動けることを、動く。
動きもしないくせに、周囲を批判したり
否定したりすることは、本当にいつもどおりだ。
勝手にそういう思考がはじまる。
「こだわったはだめ、こだわってはだめ。と自己否定し続けるしかないのです」
数年前に参加した武禅の日野先生からのレポートに書かれていた言葉だ。
中学生、いや、小学生レベルの自分が今もここにいる。
ちょっとした挨拶、表情が相手に見事に伝わっている。
それはテクニックではない。その意味で、相手の反応は鏡だ。
ここに壁がある。
どうやるか。それが重要だ。
そして、やるだけだ。