昨日、久しぶりに仲間と同業種の先輩と食事をした。

夜の11:00頃まで話し込んでしまった。

 

ただより高いものはない

というほんとうの意味を

僕は斎藤一人さんから教わった

 

手足、空気、水といった

当たり前におもっているけど

生きるのに必要なもの

値段がつくものよりも

尊いもの

 

昨日の仲間との話で

そのことを思い出した

自分に真剣に話してくれる

自分もワサワサしながらも

話をきいた

ごはんは食べ過ぎたが

美味しかった

 

こんな時間が

本当にありがたいことなのだと

忘れていた。

もちろん、日常の行動あってだけれど。

 

苦しいとき

ただ、話を聞いてくれた仲間が

いつも近くにいて

ギターを持って部屋に騒ぎに来たり

肩に手を載せて「手当」してくれたり

不安な気持ちを教えてくれたり

 

そんな中で

なんとか生きてられた

 

自分が生きる番だ。

だれの人生か。

 

右をみても左を見ても

なにかに許しをこうような

だれかに認めてもらうためのような

そんなことばかり気になっている。

 

結局、人と揉めて

その場にいられなくなる。

 

それでもなんとかなると

親に頼っている甘えん坊

 

それが、私の姿だった。

 

仲間が言った。

 

「しばらく、自分は真逆のことをしたんです。

いつもの反応、思ったことは、まず疑ったんです。

そして、逆のことをやってみたんです。」

 

これだ。

この際、残り2週間の職場で

これを実践してみよう。