先日の舞台のチケットの売上の

ギャラ分をいただいた。

49人もの人が、観に来てくださたった。

2万円ちょっと。

 

この2万円。

人生ではじめての2万円だ。

 

ワークショップを入れると

3ヶ月ちょっとの取り組み。

週5回の稽古。

時間で考えれば割が合わない。

 

しかし、プライスレス。

 

演出と制作の方と

その後食事をした。

 

色んな話をしてしまった。

演出から一つ、いただいた。

 

準備して、相談して、考えを聞く。

そして、自分で不安になってひっこめる。

これが気になったと。

この人はずっと繰り返しているのだと

思ったそうだ。

それで、関わりをかえたのだと。

突き放したと。

それで、終わりならそれまで。

若い子ならいざ知らず。

40すぎのおっさんなら仕方ないと。

 

自覚がない。

こちらの言い分もある。

衣装の蝶ネクタイとみせにいったとき

「いいんじゃない」

と言われた。

しかし、私の方は

実は演出に疑心暗鬼になっていた。

私の役は、そんなに拘っていないのだろうと。

そんな風にいじけていた。

そして、聞いて大切にされていない答えが

帰ってくるのが不安だった。

だから、自分で打ち消してしまったのだ。

 

演出はいった。

人によっては、大変に失礼になるよ。

本音だろう。

本気でやっている人の時間を使って

私にむかっているのに

なめた態度だ。

 

そう言われながら

人生で同じことをずっと

ずっとずっと繰り返していることが

体から染み出しているようだった。

 

同時に

この演出に認めてもらいたい

わかってもらいたいという気持ちが湧いていた。

そして、そうではないという不安が

渦巻いていた。

 

もやもやしているとき

この構図だ。

 

人に期待しているのだ。

自分の価値をみとめてもらうことを。

 

どっちでもいい。

それが真実だ。

 

そんなことを

遥かに超える

自分できめて

やりきれた。

それだけが経験だ。

 

みぞおちがモヤモヤするとき

人に期待していないか

そしていつも期待していることを

自覚しよう。

 

自分でやって考えて

もってくるのだ。

だめなら、やり直してくるのだ。

 

経験は

たった今を通してしか

現れようがない。

 

気づきも

過去のことにしても

たった今の自分が

きづく。

 

痛みがあるとき

悲しみがわくとき

何かが流れていくとき

気づきが現れているのだ。

 

だから、大嫌いだと思った人が

大きな気づきをくれることが多い。

その意味でやっぱり

ありがとうなのだ。

 

意味付けはいらない。

これで終わりだ。

さぁ、次だ。

 

ありがとうございました。