今回のお芝居で
20代前後の沖縄の若い子たちと一緒だった。
稽古の最初の方では
一体どうなることかと思った。
遅刻も多いし、簡単に休む。
優先順位が生活の中で低い、と
演出は言っていたが、まさにそうだった。
一方大人は?
書いてはみたが
20を過ぎて大人と子どもと
わけるのも違和感がある。
でも、稽古場では
わけても違和感がなかった。
何が違ったのか。
社会経験?
本番?
きっと本番ではないか。
なぜなら、最初の本番が終わり
一度だけ学校公演へ向けて
稽古があった。
集まりが悪かったが
ドアを開けて驚いた。
芝居が全く違うのだ。
いや、芝居が違っていたのではない。
前提が変わったのだろう。
あの舞台でやるのだ、とうことが
明確になったのだろう。
声の大きさ、芝居の明確さが
わかりやすく変わっていた。
対象が明確になった。
これも素直さの一例だと思う。
本人たちが自覚しているかはわからない。
けれど、体験としては残っているだろう。
それを使えるようにするには
やはり自覚していく必要があるだろう。
自覚とは、自分が誰で
何をしに、ここにいるのか。
そこだと思う。
自分で決めていくことだと思う。
ここが私個人の気づきだった。
それしかない、という気づきだ。
終演後の彼らの涙。
お客さんの涙。
彼らからもらった言葉たち。
お客さんから声をかけていただいた言葉たち。
まずは、素直に受け取ろうと思う。
それが真実かどうかはわからない。
でも、その気持ちを、素直に受け取ろうと思う。