文章塾、というものを
友人にお願いしてはじめた。
数人の仲間と一緒に
半年ぐらいたった。
何をしているのかというと
友人が出した短編小説を
要約してから
メンバーが気になった所など
コメントをいれて
書き直す
最後にオンラインで集まって
ミーティングをする
これが作業である。
はじめたきっかけは
混乱した頭を整理するためだ。
他の人の文章を読んで
とてもよくわかったのだが
その人の今の状態が
文章に表れる。
私の場合で言えば
混乱、の実際はこうだった。
要約であるから当然
もとの文章があり作者の意図がある。
それに照らし合わせて要約をする。
このときに、読み手が混乱する
文章ができあがるのだ。
確かに、読み返すと何をいいたいのか
よくわからない。
なぜよくわからないのか。
一つは読み手を意識していないこと。
誰に対して書いているのか不明確なのだ。
そして、文章の意図をくまずに
受けた印象を書いてしまうことだ。
ここが一番のポイントdが
その印象の因果関係があるうちはよい。
それを自分の頭に置き換え始めると
頭の中で言葉と言葉が繋がりだす。
すると、もともとの文章からは
離れていってしまう。
読んでいると、よくわかる。
なんのことを言っているのか
わからなくなるのだ。
では問題はなにか。
置き換えてしまう工程だろう。
なぜ置き換えるのか。
そこが課題である。
どこかに正解があると思っている。
正解の言葉があると思っている。
なので、それらしき言葉に置き換える。
「目の前にその人がいた」
と感じたとする。それを
「その人が存在する、とはことのことか」
と置き換える。
すると、今度は「存在する」と
追いかけるようになるのだ。
とても大事なポイントだ。
「その人がいた」
から考えなければいけない。
専門的な言葉になるほどに
注意しなければいけない。
もう一つだけ。
友人が、オンラインでの私の発言について
仕事モードになったときがあり
そのときイラッとした、と話してくれた。
そうだ。自覚があった。
それらしく話しているとき、
やってる感があるとき
本当に怪しいのだ。
その説明よりも
相手がいなくなったのだ。
私が、だけになった。
相手に届ける。
相手を聴く。
これが灯台だ。