昨日、引きこもりの取材を受けた。

調子にのって3時間も話してしまった。

 

これまでも依存症当事者として

引きこもり当事者として

人の前で話をすることはあった。

 

自分で企画することも

人に呼ばれて話をすることもあった。

どちらにせよ

求められていたのは

私の個人的な体験談だったと思う。

 

昨日気づいたことがある。

それは、自分の物語を話す

違和感だった。

 

いつもどおりの話をする。

それは話し慣れている物語だ。

次から次へと言葉が出てくる。

しかし、「ええ、それ本当?」

と自分でも思うことがあった。

 

必ず聞かれるのは

「どうして引きこもったのですか」

それに対しては

「本当の理由は今もよくわからない」

 

それは本当だろうと思う。

しかし、だ。

それに対しての自分の答えを出さないこと、

それが今までの自分を作ってきたのだ。

その姿勢が、人生を作ったのだ。

 

社会に対峙できない

自分と向き合わないために

引きこもったのだ。

 

正面から向かい合うことを

避け続けたのだ。

 

自分とも親とも社会とも

そして自分の人生とも

 

時間がたった。

43歳の私がいる。

ぶたのおっさんだ。

 

丸裸になって

今、やっと自分の人生を

歩きだしている。

自分が歩いているのだ。

 

丁寧に

仕事をしようと思う。

丁寧に

 

しかし、あんな長いインタビューを

どうやって記事にするんだろう(^^;