昨日、怒りと攻撃のことを書いた。
またしても、今日同じことをしてしまった。
職員にイラついて、怒りを出してしまった。
もとからその職員には、イラつきを感じていた。
朝も出勤が同じなので、どのように仕事を進めるか考えてもみていたのだが、結局出してしまった。
他の職員がその様子を見て、大人なんだから、と言った。怒るまでする必要はないと。
昨日の今日で、自ら課題としていることが全く取り組めていない。そこが問題だ。それは具体的に考えておらず、観念、分析で止まっていたからではないか。
怒る自分を反省して終わってたのではないか。
怒って謝って、いつもその繰り返しだ。
人に伝わるのは感情だ、そういう言葉を持ってきたが、私の言うそれは本当だろうか?そもそも、伝えたい何かを持っているのか。怒りをぶちまけているだけで、決して伝えることに本気なのではないのではないか。
今日は、ブチ切れたわけではない。しかし、相手は熱くなった私を前に、冷静ではいられなかっただろう。そうなってしまっては、関係は悪くなるしかない。人は追い詰められないと、本当のことを話さない、それは私にとって不安なことなのだ。そういう図式を疑うこともなく相手に押し付けて生きてきた。
今日、自分の目標にしている支援者に電話をして、アドバイスを求めた。
私の傾向をよく見ていて、熱くなること、それで人とぶつかり易いことを知っている人だ。
これは、訓練しかないと。よほど、自分を意識して取り組んでいかないといけないこと、そして時間がかかること。人は急には変われない。だから、意識して取り組むことが大切と教えてくれた。具体的に、説明するように伝えて見たらどうか、とアドバイスをいただいた。失敗したら謝れば良いと。周りにも自分の弱さである熱くなり易いことを認めて、出てしまっているときは教えてくださいとお願いすると良いとも。
最後に、あなたならできると、言ってくれた。
なんと力になる事か。
これがやれるようになりたい。
私たちは、相手に話してもらうことが仕事だ。
熱くなると、つい自分が一方的に話してしまう。
聴くことがしっかり行えれば、自ずと相手は語り出し、こちらの話も伝えやすくなる。関係性が生じるからだ。そうすれば、相手は味方になってくれることも多くなるだろう。少なくとも、敵対はしない。
やはり、攻撃心はわかってもらいたい、わからせてやりたい、と言う気持ちの表れなのだ。
日野先生に最初に出会った時に指摘されたのがこのことだった。
「なぜ人にわかってもらいたいと思うのか」
大きな課題に直面してきたぞ!!
イラついても、説明できるためには冷静でいられなければならない。何が言いたいのかわからなくなってしまうのだから。
よっしゃ!!明確になってきたぞ!!