昔話です。
私は中高の時、家庭教師の先生に勉強をみてもらっていました。
地元の無料情報誌(新聞に折り込まれていたような… 今では考えられないですが、昔は、教えます、の欄に、名前・大学名・電話番号が載っていました)で母が見つけてくれた先生は、東大で理系科目を専攻されている方でした。頭の切れる明るい先生で大好きでした^ ^
1年ほど経ち、その先生が院に進学するから自分の代わりに、と、妹さんを連れていらっしゃいました。その方が東大理Ⅲでした
穏やか〜な妹さんには大学受験まで3年ほどお世話になりました。いえ…大学進学後も物理が分からなさすぎて、泣きついて二回ほど教えていただきました。
私のレベルから言って東大生の無駄遣い以外の何者でもないのですが、子供ながらに次元の違いを感じていました。
本や教科書は一回読めば覚えられる、というようなことをおっしゃっていたような…。
私が次女を見て、
なんで分からないのかが分からない
と嘆いている以上に、
先生は毎回、
なんで分からないのかが分からない🌀
と内心思っていたことでしょう。。
それでも、そんなことは一切表に出さず、分からない問題を聞けば、優しく、辛抱強く、丁寧に教えてくださいました。
休憩時間には大学の話をしてくれたり、おしゃべりも楽しかった♡
頭脳だけでなく、内面も素敵な先生でした
今になって考えると、定期テストを乗り切ることが勉強だと思っていた当時の私に必要だったのは、まずは勉強への向き合い方の改革だと思うのですが、レベルが違いすぎて、先生もアドバイスすらできなかったんだと思います
私も見習おう、という考えは浮かびませんでした。
比べようとも思わないくらいの違いに、当時から当たり前のこととして“地頭論”は受け入れています👍
…というより、自分で自分を諦めてたのかも。
昔話を持ち出して何が言いたいかといいますと…。
昨年よりアメブロを始め、優秀なお子さんの様子や保護者の皆様の考え方などを読むと、中高時代の目線、意識の高さがいかに大事かが分かります。
自分に足りなかったものを娘に、というと自身のコンプレックスを娘で晴らそうとしているかのようですが、考え方や勉強法で違う世界が見えるであろうことを選択肢の一つとして知ってほしいな、と思っています
という、自分自身の反省&六年のうちもう一年終わりかけている長女への想いでした