ふくちゃんに


「頑張っている分、もし落ちたら、と怖くなることもあるだろうけど、大丈夫だよ。」


とお話をしました。




私はその昔、ミッション系の学校に通っていて、よく「神様のお導き」という言葉を聞いていました。


私は信者ではないし、当時は右から左に抜けて行きましたが、最近、たまにその言葉が思い浮かぶのです。


それは、神様でもご先祖様でもお天道様でもよくて、


もし願った通りの学校に行けなかったとしても、


その先、


こっちでもよかった

こっちがよかった

こっちに来たのが当たり前のことのように思える


となる気がするのです。


もちろん、たまに、違う道に進んでいたら…と考えることもあるけれど、自分の進んだ道に小さな幸せ、充実感を見つけられたら、


こっちもなかなか。うんうん。


と思えるというか…。


内容は忘れてしまったけれど、さくらももこさんの「そういうふうにできている」という本の題名が思い浮かぶというか…。



ちなみにこれは、大学受験で第一志望校に落ちたことをすっかり忘れて呑気に暮らしている自分に気づいた時に悟りました。


あそこで落ちなかったら、夫とも出会えず、お姉ちゃんもふくちゃんもいなかった。


多分その時は落ち込んだけれど(…というかそれすら覚えてないデス)、なるようになるもんだ。


こんな風に思えるなら、あそこで落ちる経験をしたのもよかったよかった。



人生塞翁が馬。


その後どうするか、で出来事の意味は変えられる。



そんなようなことを。


「落ちても大丈夫」ではなく、


怖いと思うけれどなんとかなるものだよ、

あなたなら大丈夫、


と、伝えたかった。


直前にはそんな話はできないから。

直後は慰めになっちゃうから。



ということで、


大丈夫、大丈夫ブルー音符