子宮頸部の切除手術を受けてから1ヶ月半。


あと1ヶ月半は妊活できないので
妊活についてのお話はないのですが...





娘が9月に小学校へ進学したので今日は
新しい学校での親御さん達との話をさせてください紅葉









我が家は海外に住んでいる億万長者です。




私は気ままな専業主婦です。











我が家は億万長者ですが、派手なことをしたりするタイプではないので、小学校を選ぶ際に公立や私立などのこだわりはありませんでした。




むしろ金持ちの高飛車な自慢競争に巻き込まれたり、しっかりした格好で送迎しなきゃなどのプレッシャーが、日々の生活の中で負担になりそうだったので、



娘はアットホームな雰囲気の公立へ通っています。






結局たかが小学校なので、大学と違って公立も私立も同じような感じですし、

ここの小学校には満足しています。







しかし。









これは良いとか悪いとか


上から目線だとかそういう話ではないのですが、









平均的な収入や生活を送る家庭がほとんどの平等的な日本と違い、


階級差や貧富の差が激しい私の住む国は




公立となると



生活保護で生活している移民のご家庭や

最低賃金で必死に生計を立てているご家庭、

共働きしても生活がままならないご家庭、

ボロボロのパジャマを着てボサボサの髪で極端に太っていて、タバコやお酒をたくさんやっているのか声が枯れて目の下のクマがすごい親御さんのご家庭、

フルで共働きしてやっと普通の生活を送れている忙しすぎて疲れ果てているご家庭などなど...





本当に様々な親御さんに出会います。









これは誰が上だとか下だとかそういう話ではないですし、



私は貧富の差などは関係なく、人間性や相性がいいかが人付き合いにおいて大切だと思っていたので、素敵な親御さんと知り合いになれるのを期待していたのですが...







やはり様々なことにおいて
「基準が違う」というのは性格が良い人でも仲良くできないということに気づきました。








私にはここの親御さんとの会話が合わないのです。








彼らの会話は


「毎日本当に大変で辛いわ」
「今から仕事で急がないとやばい」
「これ、我が家じゃできない」
「みんなで助け合おうよ」
「ほら、人生って辛いものじゃん?」
「うちはそれ諦めたの」



などネガティブな聞いていてこちらも苦しくなるような話ばかり。






もちろん仕事に家事育児をこなす皆さんのことは本当に尊敬しています。



私にはできないことです。







しかし、


私が考えなくていい問題や感じなくていい苦悩を聞かされ続けるのは私の生活において害です。



聞いていてストレスを感じたり不快になったりして、自分もそこに属してるような楽しくない毎日に感じてしまいます。





それに返答や自分の話をするのにも困ります。




私にはその問題ごとがないからです。




私も、とも言えないし、

うちはそれは気にしなくていい生活してる、とも言えません。



自分の話をすると自慢に聞こえてしまうかもしれません。









学んだことは、






金持ちだからプライドで良い学校へ行きたい、という理由でなくとも




自分と生活環境が同じグループへ行くことは、自分にとっての「普通」の生活を送るうえで大切なことだ、ということです。





やはり価値観や生活水準が違う人たちとは、どんなに性格が良くても会話が成り立ちません。






極端な例をあげると、




ホームレスの方と話が合うかということです。




新しく出たゲームの話をしてもホームレスの方は知らないでしょう。


人気スイーツを買って食べたというだけの話でも、彼らは羨ましく思うかもしれません。


家族でタコパをした、という他愛のない話も、胸が張り裂ける思いで聞いている方がいるかもしれません。







どんなにそのホームレスの方が良い方でも話が合わないのです。


気を遣って話せる内容を考えますが、自分の生活全てが嫌味に聞こえるのではないかとお菓子1つの話にしてもできないのです。


そしてホームレスの方からお風呂に入れないのは辛いよね、と言われても自分は入っているのでなんと返していいのか、そんな会話すらにも困るのです。










1年以内にもっと高級住宅街に引っ越して、娘を私立に転校させて、


自分たちを受け入れてくれるコミュニティーへ移ろうと思います。








どんなに庶民的でも庶民「的」であって、本当の庶民ではない我が家。



こんな些細なことで苦しむとは思っていませんでした。






私は金持ちのコミュニティーへは行きたくないのでこれは悪い意味になるのですが、

身の丈に合った場所へ行くのは必要なことなのだと思いました。






ちなみにこれは最近、地元の友人と話す時にも感じていました。





金持ちサイドにもこんな寂しさがあるのです。





これを読んでいる方も私の言っている本質を理解せずに、結局自慢かよと不快になるのでしょうか。