相変わらず透析による体力低下というか疲労感に苛まれているわけですが…。

 

26日から出稼ぎ先の夏期講習が始まります。透析しながらなので、出講時間も夜に限られ、長期間できるわけでもないので今年は90分授業を8日間(4日×2)だけすることになりました。

 

本科授業も週1日100分なので、月単位でもらう給料は中高生の小遣い程度ですので、1か月おきに引き出さないと悲しくなってくるときがあります。

 

ただ、好きにやらせてもらっているのと、仕事自体が好きであるので、もらう金のことは不問に付しているのです。ゼニになる仕事は探せば他にありますし、本業関係だと半月足らずで出稼ぎ先の半年分以上の売り上げになるので、ゼニが欲しければそちらを一生懸命すればいいことです。

 

ただ、私は子供が独立し、生計を立てられるようになったので、ゼニの重要性は相対的に下がったということでしょうか。たしかに、値段を見ないで買物をしてみたいと思うこともありますし(生まれついての貧乏性だからしかたないか)、生まれ変わることができるなら、銀の匙をくわえて生まれたいものだと思うこともありますが、人生最後の直線でどうあがいても仕方ありませんな。

 

さて、15時近くまで透析をして、19時過ぎから授業というのが果たしてどこまで持つかな、というのが一番懸念していることなのです。帰りの電車は完全に寝てしまうだろうなとか、駅から自宅まで帰る気力があるだろうか、などと思うこともしばしばです。

 

そこで、この夏期講習の様子をみて、引き際を考えようと思っています。

 

担当授業コマ数も毎年半減していますので、私の分がなくなってもそんなに迷惑はかけないと思うのです。「教える」ことに未練がないといえばウソになりますが、新年早々腎不全になったのも、そろそろ終了を考えろという天の声のような気がしています。

 

透析日は、本当に何もする気がないほど体がだるくなる時があります。障がい者1級の手帳が交付される意味が最近身にしみてわかってきました。

 

自分が向上できないのであれば、生徒に教える資格もない、と昔から思っています。気力はあるけど体動かずです。

 

力は山を抜き気は世を蓋う

時利あらずして騅ゆかず

騅ゆかずを奈何せんと

虞や虞や汝を奈何せんと

 

項羽と比べるのはおこがましいが、天運を悟り始めたのかもしれません。