お金の教育について考える

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「一億総活躍社会」とか聞こえはいいけど、年金支給年齢を引き上げようとしたり、すでに一定収入がある高齢者には年金減額が行われる制度があるのに、さらに年金返上を働きかけたり、定年後の再雇用では仕事が変わらず給料だけ半額になることが殆んどであるなど、まあ、最近高齢者に対してははやりたい放題なのです。

 

私が10代の時から約半世紀で寿命が10年以上延びたことをことを考えると、今教えている高校生は半数以上が90歳以上まで生きる計算になります。

 

君らあと70年生きるんだぜ、と話すと露骨に嫌な顔する生徒が多いのは、上記のように高齢者になってもロクなことはないということを私ら大人以上に感じているのではないでしょうか。

 

団塊世代をはじめとした高齢者叩きは現役世代には聞こえがいいですが、『いつか行く道』に少し思いをはせれば、結局この国(というか政治家や役人)が国民のことなんか考えちゃいないことがよくわかるのです。

 

だから、一生稼げるスキルを持つか、仕組みを自分で作りなさい。そうしないと、幸せに人生を終えられないよ、ということを授業中の余談では話すのです。

 

よく話のきっかけとして問うのは、君たちが小学生低学年の頃、お父さん、お母さんはスマホ持っていたか?ということです。わずか10年前はスマホが身の回りにこんなに存在していたでしょうか?

 

技術と時代の流れは昭和世代には思いもつかない速さで進んでいます。今の若い人は大人の知る数倍のスピードで変化する社会についていかなければなりません。

 

ですから、当然、誰でも将来を予測できるわけでもありませんし、誰でもゼニになる資格をとったり、起業できるわけではありません。(そうした才能を普遍化しなかったことは、社会を維持する神のなせる業と思っていますが)

 

そうであれば、ただ座して死を待つone of themになりますか?諦めながら何十年も生きますか?ということです。

 

確かに、自分の才覚だけで死ぬまで働いて財産を増やすのは難しいかもしれませんが、自分のお金に働いてもらうことはできるはずです。

 

だからと言って、「コツコツ銀行に預けて1年にチャリ銭程度の利息をもらったり、利息の半分が手数料のような投資信託にゼニ預けたりする馬鹿になることはおススメできません。

 

だから、『投資』というものをもっとまじめに考えてもらうことが必要なのです。

 

投資というものは、お金がお金を生む仕組みなのです。それは当然リスクも伴いますし、勉強もしなければなりません。ある意味、会社で体を壊すリスクを負って仕事をこなし、仕事の役に立つ勉強をするのと同じなのです。ですから、悪いことでも何でもありません。

 

確かに、元手は必要かもしれませんが、誰でも始められるのです。少々マジにアルバイトをすれば、そう長い時間はかからず100万程度のお金はできるでしょう。

 

そのお金に「働いて」もらえば、若い人にとって『時間』という大きな武器がありますので、数千万円程度の金融資産を作ることはそう難しいことではないと思うのです。

 

小学校から大学卒業までの16年間、そうしたことを知らずに世の中に放り出されて、「働かされる」・「取られる」側にいることを甘受させられる、そんな人生を教え子には送ってほしくないです。

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