お彼岸ということで両親の墓参りに行ってきました。母の存命中から、お盆は暑いので墓参りはせず、お彼岸に行くというのが恒例になっています。

 

高齢化社会の影響は霊園にも及んでいまして、参拝者が高齢になったためか、お彼岸には駅からの送迎バスを出すようになりました。それでもこの時期にそのバスに乗るのは足腰の動きもおぼつかない高齢の方が多いのです。一緒に行く若い家族がいれば車で連れていってもらうという手があるのですが、そうでない人はこうした手段を使わないと、郊外の山を切りひらいて作った霊園に行くのが難しくなるのでしょう。

 

参拝者の高齢化は、当然のこととして墓の維持の問題も生まれます。わが家の墓は霊園が開設されて比較的早めに作ったので、周囲の墓の多くも同じような歴史があるのですが、すっかり荒れ果てて雑草生え放題の墓や、墓じまいをしたのか、更地になっていた墓が散見されます。

 

管理費滞納が続く墓地には、霊園事務所に連絡を欲しいという立札が経っていますし、雑草だらけの墓でも墓誌には数名の故人名が刻まれていますので、ただ長らく墓参りにくる親類縁者がいないとだろうと想像がつきます。いずれにしても墓地も相続しても処分できない不動産と同じような「負動産」化しているのではないでしょうか。

 

かつてはお彼岸とは親戚が集まる場でもあったのですが、今ではそんな片鱗もうかがえないことが多いようです。霊園の休憩所で三世代が弁当を広げている姿をみると、わずかな人たちがその習慣を残しているように思えます。

 

自分の死後、息子たちが墓参りにきてくれるかどうかわかりませんが、いずれわが家の墓も「しまう」時がくるかもしれませんね。