今年は28日からの開始になりました。担当コマ数は年々減って、若い先生に次々とバトンを渡し、本格引退の準備を着々と進めています。


早ければ来春には引退したいな、とも思っているのですが、いかんせん学生講師が多いので、数年のごとに確実に入れ替わり、隙間を埋める需要はあるかもしれません。

 

出講先の経営者は大きくするつもりも野心もないと言っているので、私が口を出すべき筋合いでもなければ、助言をする意思もないのですが、傍で見ていて思うのは、長く勤めてくれていろいろ権限移譲できる人がいないと成長できないということです。

社会保険も何も無く手足のように働いてくれる人間などいませんから、この辺の意識がないと「食うだけ」事業になってしまいます。

 

私が自分で塾をやろうとしないのは、事業としてやる限りは成長を目指すべきだし、そこで働く人間(とその家族)の人生を背負う覚悟が経営者として必須であると信じているからです。でも、私にはその覚悟がない、というだけなのです。

 

株式投資を始めて以来、いろいろな企業風土を知る機会があったわけですが、配当を多く出すオーナー企業は、合法的に利益をオーナー一族で独り占めしようとしていることが多いのです。ただ、それが過ぎて従業員の恨みを買うような企業は、どこかで早晩崩壊し始めます。会社の設立年数と従業員の平均年齢(勤務年数)を見てみると、その落差が大きすぎる企業は、人の恨みを買って大きくなったと想像できます。

私もあまり欲のない人間ですが、人の夢に賭けるというのは好きなのです。実現性のない起業は単なる夢物語と言われますが、その夢物語に賭ける人がいるかどうかは、その起業家の人格のなせる業ではないかと思うのです。

greedyな人間にはgreedyな輩しか集まりません。『類は友を呼ぶ』と先人はうまくいったものです。