最近、ガツガツと稼ごうという気が急速に失せつつある毎日です。というか、仕事の量よりも、どう働こうかということを最近考えることが多くなりました。(別に稼ぐ人を悪く言っているわけではありません。)
あまりお金にならなくても、喜んでいただける仕事を少しずつ優先して行きたいと思っているのです。自由業という仕事とは定年がないのですが、日々・月々の売上目標は(自分の生活を基準として)立てていかなけりゃならないのでして、ここまでは会社と同じようなものであります。
でも、自分の生活レベルや好むと好まざるとにかかわらず、売上をあげ、利益を出さなければいけない勤め人と異なり、自分の生活レベルを縮小すれば働き方も変えられるのが、自由業の最大の利点でもあるのです。
だから、「儲ける」という部分を縮小して、「楽しむ」という部分を少し増やしたいと思うのです。開業当時、「人のためにできる」仕事をしたいと意気込んでいましたが、妻の病気もあり、次第に生活に追い回され、気がつけば利益を出すことに汲々としていました。
これが悪いとは決して思いませんが、息子たちも社会人になり、妻の病気も落ち着いたいま、開業当時の志をもう一度思い出してみようと思うのです。
よく生徒に言うことがあります。「オレが授業を楽しくできなければ、授業が面白いはずがない。授業が面白くなければ、キミたちも楽しくない。授業を楽しめなければ教えたことがアタマに入るはずもないから成績も上がらない。よって、オレが授業を楽しんでいるのが一番大事なんだよ」と。
仕事だって同じなんですよ。世のため人のためと歯を喰いしばっても、誰もハッピーじゃないんですね。他人の不幸の上に成り立つ幸せなんてあっちゃいけないと思うのです。変かもしれませんが、私は自己犠牲という言葉が大嫌いなんですね。
そんなことをつらつら考えてる毎日です。
あまりお金にならなくても、喜んでいただける仕事を少しずつ優先して行きたいと思っているのです。自由業という仕事とは定年がないのですが、日々・月々の売上目標は(自分の生活を基準として)立てていかなけりゃならないのでして、ここまでは会社と同じようなものであります。
でも、自分の生活レベルや好むと好まざるとにかかわらず、売上をあげ、利益を出さなければいけない勤め人と異なり、自分の生活レベルを縮小すれば働き方も変えられるのが、自由業の最大の利点でもあるのです。
だから、「儲ける」という部分を縮小して、「楽しむ」という部分を少し増やしたいと思うのです。開業当時、「人のためにできる」仕事をしたいと意気込んでいましたが、妻の病気もあり、次第に生活に追い回され、気がつけば利益を出すことに汲々としていました。
これが悪いとは決して思いませんが、息子たちも社会人になり、妻の病気も落ち着いたいま、開業当時の志をもう一度思い出してみようと思うのです。
よく生徒に言うことがあります。「オレが授業を楽しくできなければ、授業が面白いはずがない。授業が面白くなければ、キミたちも楽しくない。授業を楽しめなければ教えたことがアタマに入るはずもないから成績も上がらない。よって、オレが授業を楽しんでいるのが一番大事なんだよ」と。
仕事だって同じなんですよ。世のため人のためと歯を喰いしばっても、誰もハッピーじゃないんですね。他人の不幸の上に成り立つ幸せなんてあっちゃいけないと思うのです。変かもしれませんが、私は自己犠牲という言葉が大嫌いなんですね。
そんなことをつらつら考えてる毎日です。