この世には、いくつになっても働きたい人はいますし、お上が一億総活躍なんて言っているんで(これ自体、アホみたいなスローガンだと個人的には思うのですが)私よりも結構年上の方でも働いている人は多くなっています。

それはそれでいいのですが、そういうご高齢の方の中には前職の地位が身に染みているせいか、妙に偉そうにしたり、仕事を選んだりと、文字どおりのガラパゴス老人となっている人が多いようで、現役世代の顰蹙をかっているということを耳にします。

私も(一般とは少し異なるが)会社勤めという宮仕えを四半世紀余してきまして、一応、部長とかそれなりの肩書ももらったのですが、こういう性格なもんで、筋が通らないとオーナー社長と何度もぶつかるし、禿頭の専務をハゲマルドンとからかい( ´艸`)、要領よく出世して肩書だけで偉そうにしている奴には肩書だけで言うことを聞くと思うなよ、と旧帝国陸軍の古参兵みたいな態度をとっておりましたので、後輩に追い越され役員にもなれずに会社を去ったのであります。

それはそれで何の後悔もありませんし、(一応上場企業でしたから役員経験が1年でもあれば、再就職の口もあったのでしょうが)会社時代の肩書なんぞ、墓石に刻む戒名にもならないと思っているのであります。ですから、トイレ掃除でもどんな単純作業でも、こんな作業は自分のような立場にあった者がやるようなことではないとか思わないのです。

ところが世の中にはそう思わない人が多いと聞いて、こういう人は幸せの感じ方が違うのかなと思うようになりました。人間、振り返ると(両親も含め)年上の人、同世代の人との時間がすごく長いのですよね。結婚して子供が生まれても15歳ぐらいになれば親とは話もしませんし、会社で上司と言われる立場に立っても、ン十人もの部下を持つなんてことはまれなわけです。

そう思うと、若い人との時間を持てるということはすごく幸せなことなんじゃないかと。部長まで務めた自分がやる仕事じゃないとか、敬意を払えとかどうでもいいことなんですよ。机並べて汗かいていいじゃないですか、一緒に掃除したっていいじゃないですか、PC使えなけりゃできるようにすればいいんです。アンタ街を歩いて若い人と話なんかできないでしょ。今日日街中で知らないおねぇちゃんに声かけようもんなら変態ジジイと言われるんですよ。仕事なら、前向きに話ができるじゃないですか。

自分が高校生と接する機会が多いからそう思うのかもしれませんが、若い人と話ができる機会があるひとに「老害」の文字は似合わないと思いますよ。