老衰が進んで老健から介護療養型の病院に移ってから、葬儀のことを考え始めました。半世紀近く前になりますが、父が亡くなったとき、いろいろ物要りが多く、というより、父の兄弟姉妹からああだこうだと言われて散々銭を使わされてきた母の苦労を子供心にも覚えていましたので、世俗の葬儀社や寺院には猛烈な不信感を持っていました。
最近は檀家が少なくなったので寺の経営が苦しくなって住職もいない寺が多くなったとか、葬儀の簡素化で葬儀社が儲からなくなったとか言われていますが、自分たちのしてきたことへの因果応報的なものもあるのかとまで思ってしまうのです。
父の実家近くの寺ですが、供養だと言われて当時、ン十万も出して新しい木魚を作って寺に寄進させたり(そもそも、一家の大黒柱を亡くした家にそういうことを要求することが非常識)、彼岸の時には呼ばないのに行く日を連絡してきて、帰り際に法事その他の「お布施料金一覧」なるものを置いていき、母が怒って帰ったあと塩を撒いていました。(翌年には檀家を外れると通告しましたけど)
葬儀社だって、仕事上、費用の概算を知りたくて地元の葬儀社を訪ね、一般的な費用を書いたものを求めたところ、なんか渋々といった感じで1枚の紙きれを出してきました。そこで、「この額でいいんですね?」と訊いたら、「いや、それでやるとダンピングになるので…」
おいおい、値段はあってないようなものかよ、と思ったのであります。身内を亡くして茫然自失としている遺族にああだこうだと言って吹っ掛けるは、全部併せていくらといいながら、レンズのグレードを上げさせたり、いろいろなオプションをつけて最初の価格より高く売る眼鏡屋と変わりありません。
眼鏡屋なら冷静に蹴とばすことができますが、人の死にかかわることに(一回限りとはいえ)冷静な判断も知識もない人相手に商売気丸出しなのはいかがなものかと。
上記のような理由から、葬儀社にも寺院にも基本的に不信感しか抱かなかったのです。また、どんなに豪華な葬儀を行っても、1年も経たないうちに、生きている人間は死んだ人のことを忘れてしまうのですから。
世俗的な言い方をすれば、死んだ人はお金をあの世まで持って行けませんから、生きている人のために使うべきかと。
母もそんなことを感じていたのでしょうか。すべて簡素にというのが口癖でした。とはいっても女手ひとつで私たち兄弟を育ててくれたわけですから、最低限のことぐらいは、と考えて資料を収集し始めたのです。(続く)
最近は檀家が少なくなったので寺の経営が苦しくなって住職もいない寺が多くなったとか、葬儀の簡素化で葬儀社が儲からなくなったとか言われていますが、自分たちのしてきたことへの因果応報的なものもあるのかとまで思ってしまうのです。
父の実家近くの寺ですが、供養だと言われて当時、ン十万も出して新しい木魚を作って寺に寄進させたり(そもそも、一家の大黒柱を亡くした家にそういうことを要求することが非常識)、彼岸の時には呼ばないのに行く日を連絡してきて、帰り際に法事その他の「お布施料金一覧」なるものを置いていき、母が怒って帰ったあと塩を撒いていました。(翌年には檀家を外れると通告しましたけど)
葬儀社だって、仕事上、費用の概算を知りたくて地元の葬儀社を訪ね、一般的な費用を書いたものを求めたところ、なんか渋々といった感じで1枚の紙きれを出してきました。そこで、「この額でいいんですね?」と訊いたら、「いや、それでやるとダンピングになるので…」
おいおい、値段はあってないようなものかよ、と思ったのであります。身内を亡くして茫然自失としている遺族にああだこうだと言って吹っ掛けるは、全部併せていくらといいながら、レンズのグレードを上げさせたり、いろいろなオプションをつけて最初の価格より高く売る眼鏡屋と変わりありません。
眼鏡屋なら冷静に蹴とばすことができますが、人の死にかかわることに(一回限りとはいえ)冷静な判断も知識もない人相手に商売気丸出しなのはいかがなものかと。
上記のような理由から、葬儀社にも寺院にも基本的に不信感しか抱かなかったのです。また、どんなに豪華な葬儀を行っても、1年も経たないうちに、生きている人間は死んだ人のことを忘れてしまうのですから。
世俗的な言い方をすれば、死んだ人はお金をあの世まで持って行けませんから、生きている人のために使うべきかと。
母もそんなことを感じていたのでしょうか。すべて簡素にというのが口癖でした。とはいっても女手ひとつで私たち兄弟を育ててくれたわけですから、最低限のことぐらいは、と考えて資料を収集し始めたのです。(続く)