出稼ぎ先の冬期講習の出講の話もボチボチと始まりまして、担当教師が病気で交代した地元の塾での中3生2クラスと、電車で30分かけていく高校生の授業とで朝から晩まで動き回らねばならないことになりそうです。そのため、クリスマス翌日から松の内まで本業をお休みいたします。(もっとも、この時期は新規の仕事なんか来ないのですけどね)

出講先も気をつかっていただいて、大変だから受験生の授業時間を減らしましょうか、などと言ってくれるのですが、相手が人生かけて(それに値するかどうかの議論は別として)一生懸命やっているものを、いやしくもセンセイと彼らに呼ばれる自分が楽をさせてくれとは言えません。義理も縁もない若者であっても、いや、だからこそ自分が老骨に鞭打って一歩を踏み出す勇気が必要なのです。

こうしたタイムスケジュールはさすがの私も未経験で正直にいって、やれると自信をもって言えないのですが、託された生徒には全力で向かわないと、絶対に私自身が後悔しますので、いい歳をして自分の人生に妙な歴史を作ろうとしているのです。

人は、やったことがないから、前例がないからと諦めることが多いのですが、変人は99.9%ダメだと言われても0.01%に賭けてみたくなるし、そうした人にこそ奇跡は起こるのではないでしょうか。私の例はそこまでご立派な内容ではないですが、生徒にいつもこう言っているのです。

「この科目ができないからダメだとか、この学校に受からなかったからダメだとか、自分の通う学校では今まで合格者がいなかったからダメだとか…、ダメな理由を色々と語りながら人は目標をあきらめる。そうやって次々と脱落していった奴らを横目に自分の信じた道を歩き続ける奴に門が開くんだ。前例がなければ自分が前例になればいい、歴史上いなければ自分が歴史を作ればいい。そういう奴は、たとえ失敗しても、言い訳をして戦わなかった奴より何倍も優秀だ。」

ある意味、自分自身の人生への悔恨から出た言葉でもあるのですけど…。

ひとりの人間の歴史は死ぬまで続きます。何もしなければそこに刻まれるものもありません。しかし、入ったことのないところに踏み込んでいくと、新たな足跡を残せそうです。休み休みでも前に進んでいかなければなりません。