「天職」の定義は

1 天から授かった職業。また、その人の天性に最も合った職業。「医を―と心得て励む」
2 天子が国家を統治する職務。
3 遊女の等級の一。大夫の次の位。天神。
(引用 デジタル大辞泉)
とあります。2.3はともかくとして、1はなかなか若いうちには感じないものです。というか、若いうちから「これが天職だ」と悟る人は、ある意味で秀逸な方でしょう。

父を亡くし、12歳で新聞配達を始めてから約半世紀、思えば「食う」ために、「生きる」ために働くことがほとんどの人生でした(当然か)。生来、他人の下風に立つことを潔しとしない自分がようやくのこと手に入れた今の仕事でしたが、この5年余を振り返って気づいてみると、自分の人生が「人を教える」という仕事に引き戻されているようです。

3年前、縁があって1箇所で週に1回といったのが(少しでも予定できる収入ができるのはそれなりに自由業にとってはありがたいと当初は思っていたことも事実です)いまでは2箇所で週4日も出講して、講習時(特にこれからの冬期講習は)本業を休業しなければならないほどの忙しさです。

そこで思ったのが「天職」ということば。天から授かったというより、私の場合には天に引きずり戻された格好です。また、定義にあるように「天性に最も合った」部分はあるのかもしれません。(それなりに授業をすることは楽しいですし、生徒も私の授業を「楽しい」と言ってくれるのは、ビジネスで言うwin-winの関係と同じですから、これを無意識に作れるのも性にあっているのでしょう)

この歳になると、人力を超えた力みたいなものを感じることも多いのです。母方の祖父は昔、小学校の校長を務めていて、従兄には3人の大学教授。最近は勉強すると頭が禿げるなどといって頑として普通科高校への進学を拒んだ料理人の愚弟までが調理師学校や料理教室の講師までやっている。高校の親友2人はいずれも中学校教師になり、大学のゼミの同期生はさすがに教育関係に進む奴はいないと思っていたら、ひとりが数年前公募で中学校の校長になった。

こんな具合に、気がつけば、私の周りを「センセイ」と呼ばれる人が取り巻いて、そして私もその輪の中に…。

振り返って気がつくのがこの歳になってからです。若い頃は「なんでこんなこといつまでもやっているんだろう」、なんて思ったのも事実でした。天職が天与のものと気づくのは、人生が終わりに近づいてからというのも、妙に皮肉なもののように感じますが、結局、やり続けていたことが、振り返ると天職であったと。

これからは若い人にはそう教えたいと思っています。